「百学連環」の「総論」の目次、最後の項目は「真理」です。これはまた大きなテーマですが、学術においては欠かせない要素の一つでもあります。とはいえ、そもそも真理とはなんだろうという話もあります。そのことも含めて、目次を眺めながら思い浮かぶ疑問をメモしてゆきましょう(皆さんも、思い浮かぶことがあれば、ぜひ)。「はやく本文に取りかかりたい」というはやる気持ちを抑えつつ……
さて、「真理」の項目には次のような七つの小見出しがあります。
Positive Knowledge, Negative Knowledge
利用 適用
コントの三段階説
才学識
規模 System 方法 Method
普通学 殊別学
心理上学 Intellectual Science 物理上学 Physical Science
前に見た「学術技芸」の項目もそうでしたが、どうやら西先生は、物事を二つ、対にして並べる傾向があるようです。一方に甲あり、他方に乙あり、という感じでしょうか。ここでも「コントの三段階説」と「才学識」以外はすべてが対になっています。これはどういうことなのか、なにか底意地があるかもしれませんので、気に留めておくことにしましょう。
さて、最初に現れるのは、Knowledge(知識)です。しかも、PositiveとNegativeという二種類が並んでいます。日本語の日常会話で「ポジティヴ」「ネガティヴ」という場合、人の性格が「前向き(積極的)」か「後ろ向きか(消極的)」か、といった意味で使われることが多いでしょうか。PositiveとNegativeには、他にもいろいろな意味がありますが、両者が対になって使われる場合としては、陽性/陰性といった用法もありますね。ここでの問題が「真理」であることを考えると、積極的な真理/消極的な真理といったことが論じられているのかもしれません。これは一つ疑問として念頭に置いておきましょう。
次は「利用」と「適用」です。これまた日常的に使う言葉ですが、これだけでは含意は分かりません。真理、あるいは前項の知識を利用/適用するという議論でしょうか。「利用」といえば、自分の目的のために用いること、「適用」といえば、なにかにあてはめてみること、といった印象がありますが、皆さんの場合はいかがですか。
さて、第三は「コントの三段階説」です。ここでコントというのは、オーギュスト・コント(Auguste Comte, 1798-1857)のこと。19世紀前半に活動したフランスの人です。彼はもともと数学の研究から出発して、やがて哲学研究へと進んでいきました。哲学というと、現在では専門化した学術領域の一つという印象があるかもしれませんが、コントの時代には、従来の広い意味を保っていたようです。
コントが書いたものは、今日ではあまり読まれていないようですが、社会学の創始者として耳にすることがあるかもしれません。その「三段階説」とは、学術の進展する段階を説いたものでした。やがてこの連載でも詳しく検討することになるはずですが、「百学連環」、つまり諸学術の連環を考えようという西先生にとって、コントの説は見逃すわけにいかないものだったのでしょう。コントが唱えた「実証主義哲学」は”Philosophie positive”といいますが、このpositiveは、先ほどのPositive Knowledgeと関係があるのかないのか、そんな連想も働きます。
その次に置かれた「才学識」と記した項目、実はよく見ると「才 学 識」とそれぞれの字の間に空白が置かれています。「才」と「学」と「識」の区別が論じられるのでしょうか。連想されるのは、「才識」と「学識」という言葉です。才識とは才知と識見、学識は学知と見識などと辞書に見えます。「才知」「識見」「学知」「見識」も、それぞれさらに分解できそうです。いずれにしても、「才」「学」「識」は、セットにされることの少なくない言葉ですが、真理をテーマとする場合、いったいどういう意味を担うことになるのでしょうか。どうやらこの辺りは、学術や真理に携わる人間側の話をしているようにも思えます。学術への向き不向きだなんて話だったら、ちょっとこわいような感じもしますね。
今回で目次の検討を終えようと思っていたのですが、長くなってしまったので、いったんここで区切ります。なんだか焦らしているみたいでスミマセン。