坂本龍馬は、妻となるお龍(りょう)に名前の字を尋ね、自分と同じ字だと笑ったそうだ。司馬遼太郎の『竜馬伝』は、「龍馬」を「竜馬」とすることで、フィクションであることを表したという話を聞くが、本当なのだろうか。ある検定済みの国語教科書では、「坂本竜馬」と「芥川龍之介」とが年表の中で、近くに並んでいた。常用漢字表に従って、固有名詞ながら「竜」で統一していた時期があったそうだが、現場の国語の先生たちが芥川についてだけクレームを入れてきた結果だと聞いた。ある字体へのなじみは、やがて好みになるのだ。さらに澁澤龍彦も、名を「竜」で書かれることを嫌がったのだそうで、日本では字体にまつわる思いの籠もった逸話に事欠かない。
かつて大型コンピューター全盛の頃、使用できる文字のリストを眺めていたら、という字が収められていた。こうした文字表に出るものは、たいてい音・義も用法もはっきりしないことが常であり、もどかしい。かつて人名にでも用いられたものが、登録されて残り続けたということなのだろうか。漢和辞書には、は載っている。「龍龍」(本当は1字)と同音の字で、異体字ともされる。かつて、書店で『大字典』を開いていたら、これまでは載っていて、感銘を受けたものだ。古色蒼然とした版面に「タフ・ダフ、龍行く、」とある。龍が飛ぶさまである。文字番号は14886、目当ての『大漢和辞典』の1/3くらいで、いっそう『大漢和辞典』が欲しくなるが、これも忘れがたく、手にとってレジに向かった。この項目では、名乗として「ユキ」ともある。明治の『名乗字引』に出たもののようで、人名に用いられることがあったのだろう。その略字として、「竜」3つも実在したのだろうか。
龍4つも「龍龍」と「言」からなる字から生じたものと考えられる。テツ・テチ、多言。当時の『ギネスブック』にも、『中文大辞典』を根拠に、この字が世界一の画数の字として登録されていた。もっと凄い画数の字があるのにと義憤を感じ、文字についての西洋中心の記述を改めるべく準備を始めたのは、中学に入ろうかという辺りだった。今では、『ギネスブック』は日本版が毎年は出なくなったようで、開いても言語の項目が失われていて寂しい。そのも、人名には、ときおり選ばれ、使われていた。人名用漢字の縛りのなかった当時である。おしゃべりとかうるさいとかいう字義よりも、そのたたずまいの格好の良さ、画数の多さが選ばれた要因であろう。昨今流行の字画占いは可能なのだろうか。その煩雑さから、とすることがあった、との話をある本に記した。先日、情報を辿ってやっと確認しえたところ、となぜか「龍」が一つ減って記されていたのだった。実物は崩し字で書かれており、明治初年であれば、64画はいつも書くのが大変というほどのことはない。目撃された方からも、確かにその写真のものだったとの確証を直接うかがえた。真相の確認に思いのほか時間が掛かってしまった。
辰年を迎える来年には、何とかきちんと修正したい。正月には、広場では凧が揚げられることだろう。そこには江戸の昔から「龍」が登場する。字凧の定番だ。そこに「竜」は似合わない、とたいていは思うようで、圧倒的な数の「龍」が舞う。