鈴木マキコ(夏石鈴子)さんに聞く、新明解国語辞典の楽しみ方

新明解国語辞典を読むために その2 第5回

筆者:
2021年9月14日

前回からのつづき)

 

当日、さわや書店に青い新明解国語辞典を持って行きました。中身は赤も青も同じですが、全体的に「小林旭」という感じがしませんか? わたしは、する。乙に構えた感じが、いい感じ。で、「おつに」を引きました。

p.199「おつに【乙に】」

はい、その通りです。何も問題ありません。ですが、「おつに」の隣りにきている見出しが、「おっぱい」。これ、かっくん、としませんか。せっかくの小林旭が、よりによって「おっぱい」です。あー、これは困ったお隣りさんだよ、と思って発見した新しい物件です。さわや書店のトークで朗読係をして下さった、男の店員さんも、

「乙に、の隣りが、おっぱい」

と、⼤変困惑なさっていたことは、今も忘れることが出来ません。

p.199「おつに・おっぱい」

「おつに・おっぱい」以外にも、この物件を調査しましたので、ご報告します。

 

「訪日・放尿」

p.1435「訪日・放尿」

日本に来た外国の方が「(所構わず)小便をすること。」みたいで困ります。

 

「純朴・春本」

p.727「純朴・春本」

せっかく「〔飾り気の無い意〕善意の人であり、正直そう(利害打算の念など全く無いよう)に見える様子だ。」という隣りに、「男女の性行為のさまを(興味本位に)描写した本」が来てしまって、この後も純朴でしょうか?

 

「白蓮・莫連」

p.1245「白蓮・莫連」

「まっしろなハスの花。」を、「すれっからしの女性」が見ているのですね。

 

「浴場・欲情」

p.1613「浴場・欲情」

普通の心で、お風呂に入って下さい。

 

「腹下(だ)り・パラグライダー」

p.1276「腹下(だ)り・パラグライダー」

今日は、止めておいたらどうですか。

 

「検便・賢母」

p.487「検便・賢母」

そりゃあ、賢母だって健康第一、検便もします。

 

「羽衣・破婚」

p.1247「羽衣・破婚」

せっかくいい物を出した後にこれだと、なんだか悲しくなりますね。羽衣は、鳥の羽で作ってあるそうです。何の鳥でしょうか。カラスの羽ではなさそうです。

 

「蚕糞・国葬」

p.529「蚕糞・国葬」

国家に功労のあった人に対し、国が主宰して行なう葬儀の隣りが、「カイコのくそ」でもいいですか。

 

「コケティッシュ・御家人」

p.532「コケティッシュ・御家人」

並んでいるだけで、むらむらとおかしい。さし絵を希望します。

 

「枯死・古寺」

p.537「枯死・古寺」

古いお寺の草木が全部枯れてしまったか?

 

「すかっと・スカトロジー」

p.804-805「すかっと・スカトロジー」

すかっとしたのは、良かったと思います。

 

「いばり・威張(り)返る」

p.99「いばり・威張(り)返る」

いくら雅語で言っても、それは「小便」ですから、威張りちらしてもだめな感じ。

 

「不人情・腑抜(け)」

p.1379「不人情・腑抜(け)」

まるでだめ。

 

「盗作・盗撮」

p.1094「盗作・盗撮」

どっちもだめ。

と、いうことで、今後もこの物件を、発見していきたいと思います。

 

さわや物件 追記

「さわや物件」の原稿で、まだ「林家一平」は新解さんに出ていないけれど、「熊公八公」はある、と書きました。わたしの大阪の知り合いが、

「『熊公八公』の項を見て、名前に公をつけて『〇〇公』と呼ぶのは関東の方が一般的かも? と思いました。江戸時代のことはわかりませんが、昭和はそんな気がします」

と、感想を送ってくれました。

ああ、それはそうかもしれない、と思いました。忠犬ハチ公も、東京渋谷の物語です。

わたしは、上方落語の桂佐ん吉、笑福亭鉄瓶のお二人が好きで応援している。東京で落語会があると、出来るだけ行っています。上方だと確かに「熊公八公」ではないです。えーと、なんだろうと、思い出そうとしました。

考えていたら大阪からまたメールが来て、

「上方落語では『熊さん、八つぁん』ですね! 『熊やん』ということもあります」と、教えてくれました。

おお、熊やんでしたか。そうでした、そうでした。熊やんです。今はコロナで、大阪の演芸場にも行きにくい。コロナが落ち着いたら、熊やんや八つぁんに会いに大阪に行きたい。その時はマスク無しで笑えるといいです。

(今、またメールが来て『今も淀川の河川敷には「サドやん」と親しく呼ばれるホームレスがいます』とのことです。「やん」を付けて呼ばれるなんて、みんなに好かれているんだ、大事に思われているんだ、と思います)

筆者プロフィール

鈴木マキコ ( すずき・まきこ)

作家・新解さん友の会会長
1963年東京生まれ。上智大学短期大学部英語学科卒業。97年、「夏石鈴子」のペンネームで『バイブを買いに』(角川文庫)を発表。エッセイ集に『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』(以上、角川文庫)『虹色ドロップ』(ポプラ社)、小説に『いらっしゃいませ』『愛情日誌』(以上、角川文庫)『夏の力道山』(筑摩書房)など。短編集『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』(小学館文庫)は、盛岡さわや書店主催の「さわベス2017」文庫編1位に選ばれた。近著に小説『おめでたい女』(小学館)。

 

編集部から

『新明解国語辞典』の略称は「新明国」。実際に三省堂社内では長くそのように呼び慣わしています。しかし、1996年に刊行されベストセラーとなった赤瀬川原平さんの『新解さんの謎』(文藝春秋刊)以来、世の中では「新解さん」という呼び名が大きく広まりました。その『新解さんの謎』に「SM君」として登場し、この本の誕生のきっかけとなったのが、鈴木マキコさん。鈴木さんは中学生の時に出会って以来、長く『新明解国語辞典』を引き続け、夏石鈴子として『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』を執筆、また「新解さん友の会」会長としての活動も続け、第八版が出た直後には早速「文春オンライン」に記事を書いてくださいました。読者と版元というそれぞれの立場から、これまでなかなかお話しする機会が持ちづらいことがありましたが、ぜひ一度お話しをうかがいたく、このたびお声掛けし、対談を引き受けていただきました。「新解さん」誕生のきっかけ、その読み方のコツ、楽しみ方、「新解さん友の会」とは何か、赤瀬川原平さんとの出会い等々、3回に分けて対談を掲載いたしました。その後、鈴木さん自身による「新解さん」の解説記事を掲載しております。ひきつづき、どうぞお楽しみください。