・金浦空港
飛行場へと向かう道路の上に設置された看板にも「金浦空港」と漢字があったのは、さすがは空の玄関、旅行者向けなのであろう。
空港内には、旅客に合わせて簡体字の他、日本の漢字字体による表記もあった。電光掲示板の「羽田」の「羽」が旧字体であったのは、韓国語のフォントの関係によるものであろう。「手荷物專用」にも、あまり目立たない旧字体が混ざっている。場内にある喫茶店には、「帝爱慕」という店名の音訳表記も、簡体字を作字しつつガラスに示されていた。
看板には、日本人に向けたものだろうか、
文化財 鑑定 案 內
という分かち書きがなされている。これは、韓国の人たちにより手書きされた日本語ではよく出る、表音文字のハングル専用から強まった表記形式だ。
場内では、視界の中に同時に3か所で漢字が使われていた。
祝
出國
休
「休」は、店名で、ハングルと併用されている。日本や中国からの旅行客向けの表示だろうか。基本的で要素も構成方法も簡単な字なので、多くの国内の人たちも容易に理解できるのかもしれない。そういえば、ちり紙のことを韓国で「休紙」(異なる漢字も当てられた)としたのは、なぜだったのだろう。
「老弱者はエレベーターを利用されると安全です」と、韓国語の漢語を直訳した掲示が目に入った。貼り紙をして何かを直した結果が、これである。最初の3字は、中国語部分では「老年人」となっている。
随所に見られる「2F」を、韓国の人たちは「イーチュン」と読む。中国由来の「層」が漢語になっているのだ。中国の人は「アルツォン」と、(表記される文字体系や字体はともかく)同じ漢字によって、この「2F」を発音する。日本人は「ニカイ」と心内で読む。この「カイ」は「階」という漢語だ。みな自国語の漢字音を用いて、ローマ字「F」に対して「訓読み」のようなことをしている。日本人はさらに「2つ」で「ふたつ」にとどまらず、「20歳」で「はたち」と熟字訓のようなことまでする。
空港内では、韓国の銀行の両替所に「同幸同行」という漢字が印刷されたポスターが貼ってあった。同音語を重ねた表現だ。日本語で掲示された箇所では、送り仮名の「る」がおかしいところがあった。
「出口」は、ゴシック体だが日中のフォントで微妙に異なるものが並んでいる。これは、日本の駅の表示板と同様だ。中国のほうが手書きの字形に近く、日本のいわゆる学参書体に似る。「入口」「手続」(手續)も、3か国共通なのだが、日本の字体に送り仮名という明らかな日本語としての表示も、ときに使われている。日本語では訓読みを表記し、韓国語では韓国式の音読みをハングルで表記する。そして、中国語では簡体字か繁体字で表記するというように、語源は共通でも現在の表記方法は実にばらばらとなっている。字体だけでも統一を、という意見がしばしば現れ、その気持ちは分かるが、どれかに揃えることが奇跡的にできたとしても、例外とはいえないほどに存在する語義の差など立ちはだかる諸問題に、すぐ限界が見えてくる。