もう少し、中国系の人たちの氏名を眺めておこう。
愛媛 隣にいた中国の人は、良い名前だという。日本の「えひめ」とたまたま一致している。 宇 この字が名前にあり、男かと言うが、現れたのは女性だった。中国人でも、名前の漢字から性別を外すことが案外ある。 奇 この字も、日本では稀になったが、こちらではなおも名前に用いられる。劉少奇は「奇」が少ないとも読めたが(実際には「少」は4声なので若いといった意味)、「恒奇」という名は、きっと良い意味なのであろう。道教や易を学ばないと漢字は分からない、それらを学ぶことが漢字を知る上で重要と話してくれた。 一男 名前からは日本か北朝鮮の人かと思ったが、中国の人だったようだ。 珍 女性の名にも使われている。部首の玉(ギョク)は宝石である。希少価値が珍であった。玉偏の「珍珠」は日本では「真珠」。
住所が「山西大學教師宿捨」となっていたのは「舎」の誤変換か(簡体字を繁体字に直すソフトのせいであろう)。繁体字の名刺は珍しい。「武漢市瑜珈山」とあるのも、「珈琲」以外では珍しい用例だ。中国の北方では、最近、「口偏」でなく日本風の「珈琲」も見かけるようになったそうだ。福禄 男性のおめでたい名前だ。 湘龍
(簡体字)テレビのテロップで見かけた名だが、「湘」とあるだけにやはり湖南の人だった。地名からの命名だろう。日本の湘南という地域の呼称もここが起源であり、日本では「湘」の字は神奈川での使用が多い。 嘉嘉 テレビで女性の「主持人」の名前にあった。愛称、芸名のようにも見えるが、下の名前か、あるいは「嘉」は姓にもあるため、もしかしたら本名のフルネームかもしれない。 軍 日本では名前にはまず使わない字だが、こちらでは女性でも用いる。 霞 紅い雲の意で、日本のカスミではない。日本では、カスミを食って生きているという良い方があるが、国訓のいたずらであり、実際に仙人が口にした(とされた)ものも、カスミではなかった。
韓国の人たちの姓名にも、よく見ると個性がある。スポーツ選手でも政治家でも「眠」が入っているものを見たことがある。ここで見た予稿集などから挙げてみよう。
洙 スと読む。音と、世代ごとに五行を含む漢字を順に付けていくために好まれているか。 喆 「哲」の異体字。中国の方にもたまに見かけるが、やはり韓国人と間違われていた。 載 日本では、名前に稀である。 嬉 かつてニュースとなった金嬉老(キンキロウ・キムヒロ)はすでに亡くなっている。「うれしい」は国訓。 血 この字は名前には縁起が悪いと中国人も驚いていた。きっと意味があるのだろう。「犯」もスポーツ選手名で見たことがあったが、これは、キリスト教徒で原罪を犯しているためとのこと、やはり中国人も驚く例だ。ただ、日本でも、「美血男」とかいう方がたまたま献血の仕事をされているというような「名は体を表す」を地で行く新聞記事を読んだ記憶がある。
私も名刺を出す。東洋の儀礼なのかと思っていたが、案外携帯していない人も多い。裏面を見ても白紙なので、読み方がないといわれた。何と読んでもらっても良いのが日本の(ほとんどの戸籍上での)人名ではあるのだが、ここでは「笹」は中国語としては読めないためのようだ。「世」(shi4 シー)の音で中国語の先生は読んでくれたが、広東語も教えていた先生はずっと私だけ「ささはらさん」と出席の時に読んでいた。こだわりはないが、慣れは恐ろしい。
「俗読」といわれ、いわゆる百姓読みで「世」と類推によって読まれたり読んだりしてきたことに気づく。ただ、金文にも「笹」と隷定できる、ササとは無関係の「世」としての用例があり、早くに高田忠周もそれに気づいていたことを近ごろ知って驚いた。『中華字海』は今、大改訂中だが、初版には字義が全く異なる「(尸+世)」(ti4 ティー)と同じとされたため、どちらの発音がよいのかと漢字がご専門の先生から尋ねられた。