NHKのラジオ講座を担当することになった。そのテキストは思いのほかページ数があり、事実上、本1冊分の執筆となってしまった。それを書き下ろしながら、「倭」を「和」と変えた歴史などを通して、改めて日中の間で、漢字は異質なものであることを思い直すことができた。
現在の中国では、言語も漢字も、いざとなると辞書にのっとろうとする。学習内容も規範に沿っている。言語も文字も統一へと向かう。「報道」を「報導」と書くが、それは導くものだからと、こともなく留学生が答えた。チラシなどの日本では好まれないようなデザインのくだけたフォントも、一定のものばかりとなっている。
日本では概しておおらかな実態が優先するように思えるが、いざとなると硬直した規範意識が顔を出し、几帳面にそれで逆転させることが増えてきた。
中国では、繁体字の混じった看板ならばいくつも見られる。
楼蘭竹筍
「蘭」は簡体字では草書体に基づいて「ソ」の下に「三」と書く、たったの5画にまで減らされた。繁体字の「藝」も看板に見かけた。簡体字では「草冠に乙」である。
密絲佛陀
これで、化粧品会社のMax Factor(マックス ファクター)の音訳だ。中国の女性に聞くと、この漢字のブランド名からは、何も仏教色など感じたりしないそうだ。漢字が発音だけを示しているのである。日本で人気の出た「壇蜜」に、ほとんどの人が仏教の香りを感じないのと同じであろうか。最近は、「蜜」ではなく「密」と板書しただけで、もう壇蜜を連想してしまう学生が多く(女子にまで)、イメージの惹起力には驚かされる。
中国では、音訳は、互いに関連する自然な文字列であっても、何の関連もないものであっても、むしろイメージを拡散させかねないものでも、構わない。「可口可楽」(コカコーラ)も、よくよく立ち止まって考えた時には、最初にこの漢字を当てた人は意味を考えたのだろうと思うし、意味がとれる、ということなのだそうだ。たいていは幼い頃に耳で覚えることばだったのだ。
波音
これは、航空会社のボーイング社のことで、空と海とでずれがあるが、もとより空港、航空というくらいで、イメージ的には無理がない。飛行機が発明されたときには、漢字の新作はほぼ完了していた。
口腔
医院の看板によく記されている。「○○口腔」が多く、CMでもさかんに流れている。口腔外科に限らず、歯科医全般のことなのだろう。
ちょうど日本のテレビで、「口腔」に「こうこう」ではなく「こうくう」とルビが振られていて、「孔」「口」などとの同音衝突回避のためのこれにも、一部の視聴者から苦情が来るのでは、と気になっていたところだった。日本では、医学会だけでなく、「腹腔」は「ふくくう」(ふっくう)がすっかり定着している。中国では、この3字が互いにまったく異なる字音で読まれているので、問題になっていない。