改めて思うが、ケータイは便利だ。中国では、スマートフォンがすっかり普及していた。アイフォンという語は英語のままで広まっており、漢字では書かないそうだ。
北京大学、北京師範大学の敷地に入る。時間がなくなり人民大学には行きそびれたが、どこも広々としていて、日本の私立大学に比べると立派なものである。
北京語言大学は、かつて中国語のテキストに現れ、知人が短期留学をしたという北京語言学院のことかと聞くと、言語は文化だと言うことが上層部に認められて、名称が北京語言文化大学となり、さらにこのように名称が変わったのだそうだ。
その学生食堂で、「我愛(簡体字)寿(簡体字)司」(私は寿司を愛する)と記されたポスターが貼ってある。エレベーター内では、「寿(簡体字)司」の2字を指差して、中国人らしき女子学生が「ショウスー」ではなく「スシ」と読んでいた。中国の人たちは、生魚を食べなかったものだが、日本食の影響からその習慣にもすっかり変化が起きた。それは、「刺身」(さしみ)という和語まで、そのまま漢字で移入され、「刺身」(ツーシェン)として馴染んでいることにもうかがえる。
工事中の校舎の建物の一角にあった書店では、村上春樹の小説が目に入る。狭いながらも『楚文字編』のような面白いものも混じっている。思わぬ辞書が並ぶ中に『新明解国語辞典』があった。見慣れない出版社名であった。しかもまだ第5版だ。中国語に訳された同名の辞書も、少し離れたところに置かれていた。書棚を整理している店員が小中学生のようなので聞いてみると「20歳」とのこと、ベトナムでもこんなことがあった。
中国の人は、日本人と形質がよく似ているが、体格や容貌に違いが感じられることが多い。顔の頬から上が平面的で長くかつ横広な感じ、目の高めの位置とまぶたの薄さと狭さ、小ささ、眉から上の短さ、顎から耳に掛けてのしっかりとした形と奥行きなど。
韓国の人も、輪郭や頬、目もとなどに違いが感じられる。ベトナムの人は、南北で違いがありそうだが、日本人よりも小柄であり、元朝の侵攻やベトナム戦争ではそれを活かしてゲリラ戦を有利に展開したという。頬骨が高めで左右にも発達している人が目立つ。目元は控えめで奥まっていて、顎は細く、鼻はやはり南方的な感じがする人が多いという印象がある。が、もちろん日本にも同じような人や真ん丸のような顔立ちの人がいるなど例外もあるし、それぞれの国でも傾向に地域差があることは、言語や文字と同様のことだ。化粧法や笑顔、笑い方もだいぶ異なる。日本人は、口よりも目、眼球はそのままだろうが、まぶたや目尻の形状を変えて笑みを作る点が印象に残る。
アメリカ人などは、東洋人となると、中国人、韓国人、日本人などの区別が付かないという話をテレビなどで見た。ジャッキーチェンが、好きな日本人として選ばれるほどだ。タモリの持ち芸の4か国語麻雀は、中国語、韓国語、ベトナム語の発音の特徴をだいぶよくとらえていた。北京語と広東語の違いも気付いたと述べ、演じていたことがある。
大きく見ても、ことばや文字、そして顔立ちでさえ個性が豊かな漢字圏といえる。