漢字の現在

第279回 中国の科学の漢字

筆者:
2013年8月26日

中国のテレビでは、ハートマークのようなものを、子どもたちが「愛!」「心!」と呼ぶシーンがあった。マークに読みを与えているのだとすると、こちらでは珍しい。

 爽歪歪

飲料の商品名で、台湾の人も知っていた。爽やかと歪曲、ゆがむ、ひずむとは矛盾するし、後ろの2字は商品イメージとしてはどうかと感じるが、例によってwai1(ワイ)という音だけを表すようだ。日本人が発するワーイという歓声ではない、とのことだ。

中国の人たちに聞くと、「不正」からなるこの会意文字を含む商品名について、よく知ってはいるが、語源について考えたことはなかったという。その語義に関するイメージは、さまざまな現象に対する意見と同様に、多様であった。おいしくて嬉しいために、

 口が歪むから、
  自然に体が傾くから、
  体が左右に揺れるから、

といった声が出た。正常以上を表現するものという院生もいた。いずれにせよ表音的な用法がもとなのであろう。

元素の名は、テレビの報道、CM、そして街中や薬局の包装で、色々なものを目にした。


 (金+必 金偏は簡体字)(金+必 金偏は簡体字 以下同)

ビスマスのことである。これは、中国でも習った覚えがないという人が多い。

 (金+必 金偏は簡体字)(金+白 金偏は簡体字)

bo2(ボー)、プラチナを指す。中国の人たちは、Ptという元素記号と一緒に覚えているがプラチナという語形はあまり知らない。テレビ番組で、「(金+必 金偏は簡体字)(金+白)礦」が南非(南アフリカ)の鉱物資源の話題の中で出てきた。

 (金+辛 金偏は簡体字)(金+辛)

亜鉛。

 (金+丐 金偏は簡体字)(金+丐)

「gai4」(ガイ)と読む。「カルシウム」という英語の語形は知らない留学生もいた。これは、よく子供向けの菓子の包装に印刷されている。

 (金+呂 金偏は簡体字)(金+呂)

このアルミニウムは看板でもよく見る。「ア」ではなく「ル」に「呂」を音で当てたもので、ベトナムでも看板にこの字を見かけた。

 (金+自下に木 金偏は簡体字)(金+自下に木)

「nie4」(ニエ)、ニッケルを指す。「電解(金+自下に木 金偏は簡体字)(金+自下に木)」と簡体字で記されていた。

 (石+典)(石+典)

ヨウ(沃)素は石偏になる。

 (気メは安)(気メは安)

アンモニア、気体であることも分かる。

ほかにも、「乙(火+希)(火+希)」(二字目はxi1(シー) 有機化合物のアルケン)のような漢字も見られる。商品においては、化学用語の専門用字は、購買層に説得力、そして訴求力が出るのだろう。こうした簡体字になったいくつもの元素や化合物の表記については、教え子が今、出自と来歴を追っている。

 脳(簡体字)白金
 脳(簡体字)

これは薬の名だった。

テレビでは、下水から油をすくい上げて、食用油に再利用するという行為を追いかけ、それを取り締まるという内容の番組が放送されていた。日本でも行われている水のリサイクルとは、何かが決定的に違う。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。