小学生の頃は南アフリカ共和国のヨハネスブルグにいた。当時、その国ではテレビ放送がまだ始まっていなかった。テレビがないので本を読む。
当然のことながら家では日本語で会話をした。学校も日本人小学校だった。近所の友達との会話や買い物では英語を使っていたはずなので、多少は喋れたと思うのだが、英語を読むことはできなかった。読む本は日本語のものに限られた。
もちろん書店には日本の本はまったく売っていない。学校の小さな図書室にある本と日本にいる祖父母から船便で送ってもらう本が読書世界のすべてだった。
こういう環境では「持ちのいい本」ほどありがたい。小説であれば長ければ長いほどいい。それでも数に限りがある。すぐに読み終わってしまうので、同じ本を何度も何度も読み返した。
いちばん長持ちするのは、何と言っても図鑑だった。文字数でいう情報量は長編小説よりずっと少ないのだが、カラフルな絵と文字とその配列で想像がひろがる。いつでもどこでも寝転がって図鑑を開けば、一瞬にして想像世界へとトリップできる。動物図鑑でジャングルを体験し、地理の図鑑で世界旅行をし、戦車や軍艦の図鑑で戦争の指揮をした。
実に不便で幸せな経験だった。
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