図鑑は愉しい!

第2回 図鑑の記憶

筆者:
2015年2月6日

小学生の頃は南アフリカ共和国のヨハネスブルグにいた。当時、その国ではテレビ放送がまだ始まっていなかった。テレビがないので本を読む。

当然のことながら家では日本語で会話をした。学校も日本人小学校だった。近所の友達との会話や買い物では英語を使っていたはずなので、多少は喋れたと思うのだが、英語を読むことはできなかった。読む本は日本語のものに限られた。

もちろん書店には日本の本はまったく売っていない。学校の小さな図書室にある本と日本にいる祖父母から船便で送ってもらう本が読書世界のすべてだった。

こういう環境では「持ちのいい本」ほどありがたい。小説であれば長ければ長いほどいい。それでも数に限りがある。すぐに読み終わってしまうので、同じ本を何度も何度も読み返した。

いちばん長持ちするのは、何と言っても図鑑だった。文字数でいう情報量は長編小説よりずっと少ないのだが、カラフルな絵と文字とその配列で想像がひろがる。いつでもどこでも寝転がって図鑑を開けば、一瞬にして想像世界へとトリップできる。動物図鑑でジャングルを体験し、地理の図鑑で世界旅行をし、戦車や軍艦の図鑑で戦争の指揮をした。

実に不便で幸せな経験だった。

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筆者プロフィール

楠木 建 ( くすのき・けん)

1964年東京都生まれ。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、『「好き嫌い」と経営』(東洋経済新報社)ほか多数。無類の本好きで知られ、Twitter で読書記録を公開。オフィシャルブログは、//ameblo.jp/groovyken/

『「好き嫌い」と経営』(東洋経済新報社)『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)

編集部から

人はどんなときに「図鑑」を手に取るのでしょうか。調べものをするとき。既存の知識を確認するとき。暇つぶし。眠気ざまし。答えは人それぞれのようです。このリレー連載では、図鑑の作り手や売り手、愛読者に、図鑑にまつわる思い出や、図鑑の愉しみ方を語ってもらいます。月2回、第1・第3金曜更新。第2回の執筆者は、経営学者で一橋大学教授の楠木建さんです。