『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』出版記念対談

『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』出版記念対談 その1

2023年3月29日

話し手:飯間浩明[『三省堂国語辞典』編集委員] × 見坊行徳[『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』編著者]

飯間浩明(いいま・ひろあき)

国語辞典編纂者。『三省堂国語辞典』編集委員。

1967年10月21日、香川県高松市生まれ。辞書を作るため、新聞・雑誌・書籍・インターネット・街の中など、あらゆる所から現代語の用例を採集し、原稿を書く日々。著書に『辞書を編む』(光文社新書)、『知っておくと役立つ 街の変な日本語』(朝日新書)、『日本語をつかまえろ!』(共著・毎日新聞出版)、『つまずきやすい日本語』(NHK出版)、『ことばハンター』(ポプラ社・児童書)、『日本語はこわくない』(PHP研究所)などがある。

ツイッター:https://twitter.com/IIMA_Hiroaki

見坊行徳(けんぼう・ゆきのり)

辞書マニア、校閲者。

1985年神奈川県生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。在学中に「早稲田大学辞書研究会」を結成し、副幹として『早稲田大辞書』を編纂。YouTube「辞書部屋チャンネル」で辞書の面白さを発信する。イベント「国語辞典ナイト」のレギュラーメンバー。辞書マニアが共同で辞書を保管して集まる「辞書部屋」主宰。『三省堂国語辞典』の初代編集主幹、見坊豪紀の孫。共著に『辞典語辞典』(誠文堂新光社)。

ツイッター:https://twitter.com/kmbyknr

 

  • 聞き手(まとめ):奥川健太郎[編集部]×石塚直子[編集部]
  • カメラ:門澤 泰[デザイン室]

『明解国語辞典』刊行80周年を機に『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』が出版されたのを記念して、編著者の見坊行徳先生と、『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明先生にご対談をお願いしました。本書誕生までの経緯や執筆にあたっての裏話、『三省堂国語辞典』にまつわる話などなど、盛りだくさんな内容を、4回に分けて掲載予定です。『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』と『三省堂国語辞典』をいっそう楽しむための参考にしていただけますように。

プロローグ:「一冊の本にして!」という声を受けて

飯間:今回の『消えたことば辞典』をとても面白く拝読しました。『三省堂国語辞典』の改訂版ごとの見直しがどんなふうに行われているかを検証する学術的な側面と、言葉が惜しまれつつ退場していく様子をユーモラスに示すというエンターテインメントの側面が幸福な調和を見せています。私も当事者でありながら、一読者として堪能しました。

見坊:ありがとうございます。大変丁寧なお言葉をいただきまして感激しております。

飯間:『三省堂国語辞典』の消えた言葉を集めて、新たな辞書を一冊作ったわけですから、大変なご苦労があったと思います。この『三省堂国語辞典』というのは現代語に密着した辞書なので、たくさんの新語を取り入れる代わりに、現代では使われなくなった言葉は「残念ながら退場していただこう」という方針を取っています。それで、「消えたことば(項目)」が多く出てくるわけですね。

見坊:ええ、「徹底的に現代語の辞書」ですからね。本書のコラムでもそう紹介しました。

飯間:『三省堂国語辞典 第八版』の刊行が間近になった頃、メディアの求めに応じて「削除した項目は約1,100あります」という情報を流したんです。これが驚きをもって迎えられ、大きく報道されました。私にとっては意外な結果でした。「削った言葉なんかに関心は集まらないだろう」と思っていましたからね。そしたら、けっこう面白がってもらえた。

見坊:一方で、削った言葉を惜しむ声もありましたよね。「削った言葉を集めて、一冊の本にしてください!」といった声もネットで多く目にしました。

飯間:そうでした。ただ、私も、そしておそらく見坊さんたち辞書好きの人々も、「そんなにみんな削除語の辞書が欲しいの?」と疑わしく思っていましたよね。たしかに、メディアでは削除語が取り上げられて関心を呼びましたが、削除語の多くは一般に忘れ去られた地味な言葉です。ディープな辞書ファンなら面白がるだろうけれど、そんな人が多いとは思えない。

見坊:商業ベースで考えるとどうなのか、ということですね。

飯間:ところが、三省堂が乗り気になりまして、とりわけ、編集部の奥川(健太郎)さんが大いに乗り気になられた。

見坊:削除語の辞書はぜひ出すべきものなんだ、という強い気迫を感じました。

見坊行徳先生と見坊豪紀先生

飯間:それで本当に一冊の本を作ることになった。編者には見坊さんが適任だと白羽の矢が立ったわけです。どうして適任かということを、まずご本人の口からご説明いただけますか。

見坊:ものすごい変化球が来ましたね(笑)。では、自己紹介を兼ねて少し。私の名字は「見坊」で、非常に珍しいのですけど、国語辞書を扱っているとよく聞く名字でもあります。

飯間:それはもう、『三省堂国語辞典』の初代主幹……(笑)。

見坊:ええ、見坊豪紀(ひでとし)と言いまして、私の祖父です。前身の『明解国語辞典』の編者でもあります。『明解』は金田一京助先生のお声掛けで、山田忠雄先生、金田一春彦先生の協力のもと、祖父が編纂に当たりました。私はその見坊豪紀の孫という縁だけでなく、自分自身も非常な辞書マニアなものですから、それで声をかけていただいたのかなと思っております。

飯間:今、話が歴史的なところに行きましたね。『三省堂国語辞典』の源流をさかのぼれば、そもそもは『小辞林』という、三省堂で戦前に出していた小型辞書に行き着きます。ところが、その『小辞林』は文語体だったので、もっとわかりやすい小型辞書を作ろうとした。それが、お祖父さまの編纂された『明解国語辞典』だった。戦後の小型辞書の流れを作った辞書です。

見坊:初版を編纂していた当時、祖父は大学院生でした。

飯間:大学院生が戦後を代表する国語辞典を作ったんです。初版が戦争中の1943年で、戦後の1952年に改訂版が出ました。さらに1960年、『三省堂国語辞典』という、現代かなづかいを採用して日常生活の視点を重視した小型辞書ができた。これもお祖父さまがかなりの部分をひとりで作られた。三省堂の小型国語辞典にはこういう流れがあるわけですね。

見坊:『明解国語辞典』からはもうひとつ、山田忠雄先生の『新明解国語辞典』に至る流れがあります。

飯間:三省堂には看板となる国語辞典が複数あるということですね(笑)。ともあれ、お祖父さまは『明解国語辞典』から『三省堂国語辞典』までの膨大な資料を残されたわけでしょう。見坊さんは小さい頃からその資料に囲まれて育ったと思うのですが。

見坊:残念ながらそうではないです。祖父が亡くなったのは私が7歳の時で、家も違うところにありました。成長してから、その仕事場へ入って用例採集カードを見たことはありますが、祖父は私が小さい頃にもう亡くなってしまったので、資料をじかに見て感銘を受けたとか、ましてや本人と辞書の話を楽しんだとかいうことはなかったんです。

「これはもしかして宝の山ではないか」

飯間:では、囲まれて育ったというのは言いすぎにしても、成長して辞書に興味を持たれてから、「これはもしかして宝の山ではないか」と気づかれた瞬間があったでしょう。

見坊:そうですね。それはもう本当にだいぶ後年になってからのことでしたけれども。見坊豪紀の著書にも入っていない雑誌記事の切り抜きとかは、かなりの量があって、それらに目を通しては大喜びしていました。

飯間:それは私たち編纂者にとっても宝の山です。見坊さんは「祖父の資料にこんなのがあります」と言って私たちと共有してくださったり、あるいはインターネットに上げてくださったりしていますね。たとえば、お祖父さまが「的を得る」の誤用説について書かれた記事の初出がいつだったかとか。これを最初に公にしたのはあなたではないですか?

見坊:そうですかね。あれは確か……読売新聞の「言葉は美しい」という連載があって(編集部注:連載は1969年6月1日~12月26日)、祖父が名前を出さずに執筆していました。しかし、単行本(『ことば さまざまな出会い』)に連載の一部が収録されていたので、単行本の初出情報から新聞に当たってみると、単行本未収録の「的を得る」に関する文章があったんです。これが、「的を得る」の誤用説に言及した早い文章です。当時、他に気づいていた人はいなかったかもしれませんね(編集部注:現在の『三省堂国語辞典』では、「的を得る」の言い方を特に誤用とはしていない)

飯間:私はそんなに調べていなかったので、その話を伺って大変参考になったんです。そんなふうに、見坊さんは貴重な資料をずいぶん発掘してくださいました。

見坊:いえいえ、恐れ入ります。

飯間:そうしたこれまでの研究の成果が、今回の『消えたことば辞典』の編纂にも生かされているという印象を持ちました。

見坊:ありがとうございます。そうであればうれしいのですが(笑)。

飯間:特に、『明解国語辞典』や『三省堂国語辞典』のかなり早い時期の版、初版や第二版、第三版で何が削られたかは記録が残っているのではないか、とにらんだのですが、いかがですか。

見坊:部分的には確かにリストのようなものはあったのですが、網羅的ではなかったこともあり、実際には、そこまで参照はしていないというのが正直なところです。なぜかと言うと、なくなった見出し語は書いてあるんですけど、その語釈までは一緒に残っていないんです。今回のこの本を作るにあたっては、語釈の内容もあわせて検討したかったんです。そうすると、見出し語だけのリストがあっても仕方がなくて、結局、辞書の現物を見比べている時間がほとんどでしたね。

『消えたことば辞典』はどうやってつくられたか

飯間:ああ、そうだったんですか。『消えたことば辞典』は非常な労作なので、その労作を成すにあたっては、編集当時のお祖父さんの資料が役に立ったろうと想像したのですが、今の話だとそうではないんですね。

見坊:今から振り返ると、もっと資料を見てもよかったような気もするんですが、あくまで辞書の現物頼りでした。

飯間:すると、今回の編纂にあたっては、見坊さん自身が『三省堂国語辞典』の初版・第二版・第三版……などを対照して「あ、この項目が消えているな」と確認していったということですか。

見坊:そうなんですが、すべての版を直接比較したわけではありません。まずはキーとなる版同士を比べて消滅した項目を探し、それから消えた版をたどるという方法をとりました。たとえば、『三省堂国語辞典』の初版と第四版を比べて、消えている語があったとします。途中のどこかで消えてるわけですね。全部の版を見なくても、たとえば第四版をキーとして、どこまでさかのぼれるかを見に行くんです。

飯間:そうですか。私も『三省堂国語辞典』の改訂作業の中で、以前の版で削除・追加された項目を、そうやって探索することがあります。

見坊:本書は私と三省堂編修所の共編著ですが、具体的には、私が前半担当で、『明解国語辞典』初版から『三省堂国語辞典』第四版の間に消された言葉を見ました。それ以降、後半については編集部の奥川さんにお願いし、2人で分担しています。

飯間:つまり、見坊さんは、ちょうどお祖父さまが編纂に当たった版を担当されたということですね。

見坊:はい、そうなります。見坊豪紀が1992年に亡くなって、第四版が同じ年に出ていますので。

飯間:そこまでの版のほうが編集しやすい雰囲気があったんでしょうか。

見坊:それはあると思います。私の場合、見坊豪紀が作ったものを追っかけていく作業が、孫として興味がありました。奥川さんのほうは、『三省堂国語辞典』第五版から現在(第八版)までのリアルの編集担当者なので、ご自身の過去のお仕事を改めて見ていただく形になりました。適材適所と言うか、分担がうまくいったのではないでしょうか。

飯間:奥川さんならば、「確かこの版で消したな」と内容を覚えていらっしゃるはずなので、第五版以降を担当されたのはまさしく適材適所ですね。そして、見坊さんのほうは、第四版までを見ることで、お祖父さまの歩んだ道を、後からたどっていくことになった。

見坊:おっしゃる通りです。見坊豪紀がどの言葉を入れて、どの言葉を削っていったのか、トレースする気持ちで見ていたところはありますね。

時を経て「おじいちゃん」と会話するような気持ち

飯間:それはワクワクするというか、面白い作業だったでしょう。

見坊:面白い作業でした。「この時期にこれ気がついて入れているんだ」とか「この版でこれ消したんだ」とかいったワクワク感がありますし、「おじいちゃん、なんでこれをこの時に消しちゃったの!?」と問い詰めたくなったりもしました(笑)。

飯間:そうすると、見坊さんは、小さい時にお祖父さまと辞書について語ることはできなかったけれども、約30年経った今、改めてお祖父さまと会話をする機会を得たということですか。

見坊:非常に美しい表現をしていただき、ありがとうございます。本当にそういう気持ちになることは何度もありました。

飯間:以前からお祖父さまの資料を集めたり、研究したりされていましたが、今回『消えたことば辞典』の編纂作業をすることによって、気づきが多くあったんだろうと思います。

見坊:そうですね。ある版で消えて、次の版ですぐに復活して、その後も残っている言葉もあります。そういうのを見ると、消したのは失敗だったのかなと。たとえば、「芋版」や「リリヤン」(編集部注:手芸の材料のひも。現在の『三省堂国語辞典』には「リリアン」で見出しがある)がそうです。「リリヤン」は結局『消えたことば辞典』には掲載しませんでしたけれども。そういう「なんだろうな」っていうようなことが色々あって、楽しかったですね。

次回は、『消えたことば辞典』でとりあげた、具体的な言葉についてのお話に続きます。

『明解国語辞典』『三省堂国語辞典』については「『明解国語辞典』刊行80周年記念特設サイト」でも紹介しています。あわせてご覧ください。

 

 

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今回のオフレコ

飯間:あなたのことは(この対談で)なんて呼べばいいんだろう。単に「見坊さん」と言うと、豪紀先生のことと誤解されないかしら。

見坊:「行徳さん」「見坊君」でよくありませんか。

飯間:「見坊君」とは普段言ってないですからね。「行徳さん」と言うと、なんか私があなたの妻になった気がする。

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筆者プロフィール

三省堂 辞書編集部

編集部から

『明解国語辞典』刊行80周年を機に『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』が出版されたのを記念して、編著者の見坊行徳先生と、『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明先生にご対談をお願いしました。本書誕生までの経緯や執筆にあたっての裏話、『三省堂国語辞典』にまつわる話などなど、盛りだくさんな内容を、4回に分けて掲載予定です。『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』と『三省堂国語辞典』をいっそう楽しむための参考にしていただけますように。