タイプライターに魅せられた男たち・番外編第16回

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(12)

筆者:
2016年4月12日

菊武学園タイプライター博物館(11)からつづく)

菊武学園の「Hammond No.1」
菊武学園の「Hammond No.1」

菊武学園タイプライター博物館には、「Hammond No.1」も展示されています。「Hammond No.1」は、ハモンド(James Bartlett Hammond)が開発したタイプ・シャトル式タイプライターで、1884年から1895年頃にかけて製造されました。中央の円筒内部に、タイプ・シャトルと呼ばれる2枚の活字板が組み込まれており、各々の活字板には、15行×3列=45字の活字が埋め込まれています。すなわち、2枚のタイプ・シャトルに、合計90種類の活字が埋め込まれているわけです。菊武学園の「Hammond No.1」のタイプ・シャトルでは、上の列には英小文字と?,.:が、真ん中の列には英大文字と!;-&が、下の列には数字とその他の記号が、それぞれ埋め込まれています。

菊武学園の「Hammond No.1」を上から覗く
菊武学園の「Hammond No.1」を上から覗く

菊武学園の「Hammond No.1」のキー配列は、左上段がzqjbpfd、左下段が?xkgmcl,、右上段がthrsuwv、右下段が.aeiony:と並んでおり、かなりユニークな配列です。各キーを押すと、対応するタイプ・シャトルが紙の方へと回転移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれます。中央の「CAP.」キーを押すと、タイプ・シャトルが少し上がって、真ん中の列の活字(英大文字など)が印字されるようになります。「FIG.」キーを押すと、タイプ・シャトルがさらに上がって、下の列の活字(数字とその他の記号)が印字されるようになります。これにより、90種類の文字を打ち分けることができるのです。

菊武学園の「Hammond No.1」背面
菊武学園の「Hammond No.1」背面

「Hammond No.1」は、紙の背面からハンマーを打ち込む機構だったため、分厚い紙には印字できないという弱点を抱えていました。それを少しでも補うために、「Hammond No.1」のハンマーには、半円形のベルのような重りがついています。また、印字直後の文字は円筒の陰になっていて見ることができず、何文字か打った後で円筒の左側に現れてくる、という点も「Hammond No.1」の弱点でした。しかしながら、タイプ・シャトルを交換することで、他の言語やキー配列にも簡単に対応できる、という強みがあり、そこそこのシェアを「Hammond No.1」は獲得していたと考えられます。

「Hammond No.1」を横から見た断面図(United States Patent No.290419)、図中Dがタイプ・シャトル、図中Lがハンマー
「Hammond No.1」を横から見た断面図(United States Patent No.290419)、図中Dがタイプ・シャトル、図中Lがハンマー

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。木曜日の掲載です。