ホトトギスを尋ねて京郊外に出かけた清少納言たちは、高階明順宅での目新しい接待を十分に楽しみ、詠歌の使命が果たせないまま帰途につきます。その帰り道には、清少納言たちを夢中にさせるさらなる誘惑が待ち構えていました。今が盛りと咲き誇る民家の垣根の卯(う)の花です。女房たちは満開の卯の花を折って、最初は牛車の簾や脇の方に差していたのですが、そのうち供の男たちも一緒になって、屋根に枝を葺いたように差していった結果、卯の花の垣根を牛にかけたような状態になってしまいました。
これを見た人はなんと言うだろうと清少納言は期待しながら帰路を進みますが、話し甲斐のある貴族は一人も通りがかりません。大内裏の入口の門が近づき、卯の花車を誰にも見せられないのを残念に思った清少納言は、一条大宮の藤原為光邸に立ち寄ります。そして、「侍従殿やおはします。郭公の声聞きて、今なむ帰る(侍従殿はいらっしゃいますか。私たちはホトトギスの声を聞いて、今帰るところです)」と、使者に声をかけさせます。
侍従殿は藤原公信(きんのぶ)です。為光の六男にあたる二十歳過ぎの若者で、あの斉信の弟です。宮中の精進期間ということで、気を抜いてくつろいでいた公信は、突然の清少納言の訪問に驚きます。大急ぎで袴をはいて身づくろいしますが、それを待たずに清少納言は車を走らせます。袴の帯を結いながら牛車を追いかけてくる公信を見て、ますます車を急ぎ走らせるのです。わざわざ公信を呼び出しておいて、これは少しすげない仕打ちです。
さて、門の所でやっと追いついた公信は、息をきらせながらも、まず卯の花車にひとしきり笑い興じます。この一興を語り伝えてほしいという清少納言の要望は公信によって叶いそうですが、その彼から、「歌はいかが。それ聞かむ(詠んだ和歌はどんなですか。それを聞きましょう)」と問いかけられます。ホトトギスの声を聞いて帰るからには、和歌の一つも詠じているはずというのが、貴族社会の常識だったのですね。しかし、清少納言たちはまだ和歌を詠んでいませんでしたから、「今、御前に御覧ぜさせてこそ(まずは中宮さまに和歌をお見せして、その後で)」とごまかしてしまいます。
そのうち雨が強く降ってきました。門の下で雨宿りをしたいところですが、あいにくそこは屋根のない造りの土御門(つちみかど)だったので、濡れてしまいます。門の中へ入る牛車を引き留める公信に、「いざ、給へかし。内へ(さあ、いらっしゃいな。宮中へ)」と呼びかける意地悪な清少納言。公信が普段着のまま走って追いかけてきたので、そのまま宮中に入れないことを見越して言っているのです。
雨はとうとう本降りになってしまいました。清少納言たちの牛車は大急ぎで門内に引き入れられ、残された公信は、家来が持ってきた傘をさして、後ろを振り返りながらのろのろと憂鬱そうに引き上げます。その手には牛車にさしてあった卯の花が一本握られていました。
さて、定子後宮に帰還した清少納言たち一行は、定子の要請に応じて、早速、散策の一部始終を一同に語り聞かせます。ホトトギスがたくさん鳴いていたことや高階明順宅でのもてなし、最後に公信が車を追いかけてきた時の醜態で笑わせてオチをつけていますから、清少納言の彼への仕打ちは意図的なものだったと推測されます。公信は定子後宮の談笑のだしに使われたのです。
ひとしきり報告が終わったところで、定子からホトトギスの歌を問われ、清少納言たちは肝心の和歌を詠みそびれたことを告白するしかありませんでした。今すぐにでも詠むようにと定子に言われ、乗車組四人は反省しながら詠歌を試みるのですが、そこにまた邪魔が入ってきます。