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第10回 【聖地巡礼】せいちじゅんれい

筆者:
2020年6月29日

[意味]

①宗教上神聖な土地を信者が参拝して巡り歩くこと。②小説・映画・アニメなどの舞台となった場所を訪ね歩くこと。

[同義語]

聖地巡拝

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新しい意味を持つ四字熟語があります。「聖地巡礼」もそのひとつでしょう。新聞記事データベースで見ていくと、映画などのゆかりの地を訪ね歩く意味で使われ始めたのは2000年代に入ってからで、日本経済新聞では2004年6月7日付朝刊の「路上ライブ『ゆず』ゆかりの地に巡礼者」という記事が初出でした。

その後、新しい意味は紙面であまり見られませんでしたが、2016年にアニメ映画『君の名は。』が大ヒットすると、作品のモデルとなった東京都内や岐阜県飛驒市をファンが巡る「聖地巡礼」が話題となり、街おこしや地域経済の活性化につながるキーワードとして紙面に登場する回数も増え、すっかり定着しています。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、2020年5月末、東京・神田神保町の大衆居酒屋「酔の助」が来店客数の激減などにより、約40年の営業に幕を閉じたとの報道がありました。昭和を思わせる懐かしい雰囲気の店内で人気ドラマや映画のロケにも多く使われ、私も映画『舟を編む』を見て〝聖地巡礼〟した口です。加藤剛さん演ずる国語学者が座った同じ席についたこともいまや思い出となってしまいました。

『舟を編む』といえば、出版社の辞書編集部を舞台にした三浦しをんさんの小説。その主人公のモデルの一人とも言われる『大辞林』初版編集長の倉島節尚・大正大学名誉教授が4月に亡くなりました。享年84。倉島さんとは大学の恩師の紹介で知り合い、最近では学会と称する内輪の勉強会の名誉会長に就任してもらい、年に数回ですが日本語について語り合うなど楽しい時間を過ごさせていただきました。今年の新年会の後、2月にもらったメールには「永田町では妙な桜を見る会の答弁が続いていますが、当学会では真っ当で楽しい桜を見る会を開けるといいななどと思っています」とありました。それが新型コロナの影響で花見もかなわず、見舞いに行くこともできませんでした。残念でなりません。

7年前、日経電子版のインタビューに立ち会った際、辞書の編者と編集者の関係について倉島さんに質問しました。「編者は建築家で編集者は現場責任者です。建築家の名前は後世に残っても、建物を作った現場責任者の名前は残りません。辞書編集者が社会的に認められてほしいと思ったからこそ大学教員にもなりましたが、編集者は黒子でいいのだという思いも強くあります」という答えが強く印象に残っています。敬愛する、偉大なる現場責任者のご冥福をお祈りします。

*日経電子版のインタビュー記事はこちら

「聖地巡礼」出現記事数

*日本経済新聞朝夕刊の記事を調査。

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新四字熟語の「新」には、「故事が由来ではない」「新聞記事に見られる」「新しい意味を持った」という意味を込めています。

筆者プロフィール

小林 肇 ( こばやし・はじめ)

日本経済新聞社 用語幹事。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。長く作字・フォント業務に携わる。日経電子版コラム「ことばオンライン」、日経ビジネススクール オンライン講座「ビジネス文章力養成講座」などを担当。著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2018年9月から日本漢字能力検定協会ウェブサイト『漢字カフェ』で、コラム「新聞漢字あれこれ」を連載中。

編集部から

四字熟語と言えば、故事ことわざや格言の類で、日本語の中でも特別の存在感があります。ところが、それらの伝統的な四字熟語とは違って、気づかない四字熟語が盛んに使われています。本コラムでは、日々、新聞のことばを観察し続けている日本経済新聞社用語幹事で、『大辞林第四版』編集協力者の小林肇さんが、それらの四字熟語、いわば「新四字熟語」をつまみ上げ、解説してくれます。どうぞ、新四字熟語の世界をお楽しみください。

毎月最終月曜日更新。