タイトルをみて「ちりも積もれば山となる」の誤りではないかと思った方がいると思います。わざとなのですが、先を読んでみてください。
『伊勢物語』第六段は「芥川」と呼ばれることがあります。女性を連れて逃げている男性が登場するのですが、その連れていた女性を「鬼はや一口に食ひてけり」(鬼がたちまち一口に食ってしまった)という衝撃的な話です。ただしそれは鬼ではなかったということが記されています。この段が「芥川」と呼ばれるのは、「芥川」という川のほとりを通るからですが、この「芥川」については、実際にそういう名前の川があったとか、架空の川だとか、いろいろな説があります。そうした説の中に、宮中の芥を流す川だ、という説があります。「芥川」は苗字にもなっていますね。
さて、「あくた」を『日本国語大辞典』で調べてみましょう。
あくた【芥】〔名〕腐ったりなどして打ち捨てられているもの。ごみ。くず。廃物。また、比喩(ひゆ)的に、役に立たないもの・無益なものをいう。*万葉集〔8C後〕七・一二七七「天なる姫菅原の草な刈りそねみなのわたか黒き髪に飽田(あくた)し著くも〈人麻呂歌集〉」*古今和歌集〔905~914〕物名・四三五「ちりぬればのちはあくたになる花を思ひ知らずもまどふてふかな〈遍昭〉」*雑談集〔1305〕下「糞土(アクタ)などさらへば」*玉塵抄〔1563〕三〇「本のまことの人は、物をさうさうにあくたなことはいわぬぞ」 語誌(1)乾燥した粉末状のものを指す「ちり」に対し、「あくた」は水気をもった廃物をいう。「ほこり」と「ごみ」にもこれと類似の対応が認められるが、水気をもつものの方が廃物の意味全体の代表となる点で、「あくた」は「ごみ」と共通している。(2)現代共通語では「あくた」は古語化しているが、方言では、四国・九州を中心として、特に河川に引っ掛かったごみを指すことで「ごみ」との役割分担をなしている例が見られる。(以下略)
語誌欄を読むと「ちり」「ほこり」「ごみ」についても調べてみたくなりますね。
ちり【塵】〔名〕(1)粉末状や粒子状になってとびちるもの。くだけてとびちるもの。ほこり。(2)小さなごみ。あくた。(3)ねうちのないもの。とるにたらないもの。→塵の身。(以下略)
ほこり【埃】〔名〕(1)とび散る粉のようなごみ。細かいちり。(以下略)
ごみ【塵・芥】〔名〕(1)水の中に浮遊したり、水の底に沈殿したりしている泥。(2)泥状のもの。(3)泥や土ぼこり。(4)その場所をよごしている、役に立たない、きたないもの。ちり、あくた、かす、くずなど。(5)役に立たず、価値のない、または、とるに足りない人や物を比喩的にいう。(以下略)
使用例は省略したが『日本国語大辞典』は見出し「ちり」の語義(2)の使用例として、「枕草子〔10C終〕一五一・うつくしきもの「二つ三つばかりなるちごの、いそぎてはひ来る道に、いとちひさきちりのありけるを目ざとに見つけて」を示しています。2、3歳の小さいこどもが「ちり」を見つけて、指でつまんで大人に見せるという描写になっています。つまり、「ちり」は指でつまむことができるということです。
『日本国語大辞典』は見出し「ちり」を「とびちるもの」「くだけてとびちるもの」と説明しています。語源にはふれていませんが、そのことからすると、「チル(散)」とかかわりがあると(直感的にしても)考えているのかもしれません。
今は電気掃除機や、ロボット掃除機がありますから、「ちりとり」を使うことはあまりないかもしれませんが、まだ「ちりとり」って何? というところまではいっていないでしょう。「ちり」を集めるための道具が「ちりとり」ですね。つまり、「ちり」は集めることができる。
『日本国語大辞典』「あくた【芥】」の「語誌」欄は、「乾燥した粉末状:ちり」「水気をもった:あくた」と説明し、さらに「ほこり」「ごみ」も同じように、「乾燥/水気」で分かれると説明しています。「ちり・あくた」は古語、「ほこり・ごみ」は現代語といってもいいかもしれません。
現代日本語では「ほこり」はたしかに乾燥したものですね。「ごみ」は不要物の総称としても使われているでしょう。「ゴミバコ」に「ほこり」を入れるな、とは言われないでしょう。「粗大ごみ」は水気とは関係ないですが、「生ごみ」には水気があります。
さて、タイトルに戻りましょう。「ちりは積もると山になる」は「(水分が含まれているので)あくたは積もらないし、山にはならない」という意味でつけたタイトルです。
「ちりも積もれば山となる」は『摩訶般若波羅蜜経』についての、龍樹による、百巻に及ぶ注釈書である『大智度論』第九十四巻にみられる「譬如積微塵成山難可得移動」(たとえば、微塵を積みて山と成さば移動するを得べきこと難きがごとし)に由来するものと考えられています。『古今和歌集』の仮名序にも「高き山も、麓の塵泥ちりひぢより成りて」という表現がみられます。あ、掃除をしないとゴミの山になってしまう、という意味ではないことはおわかりですよね。