『日本国語大辞典』をよむ

第104回 あしこぎとけんけん

筆者:
2023年3月26日

『日本国語大辞典』の見出し「あしこぎ」は次のように記されている。使用例として『日葡辞書』のみが示されている。語釈に示されている「あしなご」「あしりこぎ」も見出しになっているので、併せて示すことにする。「あしこぎ」には「方言」欄にも記述があるので、それも示すが、「あしなご」「あしりこぎ」にはそれがない。

あしこぎ【足漕】〔名〕片足ではね歩くこと。あしなご。あしりこぎ。*日葡辞書〔1603~04〕「Axicogui (アシコギ)〈訳〉片足飛びで歩くこと」方言あしこぎ》千葉県香取郡東部062 島根県仁多郡・隠岐島725

あしなご〔名〕「あしこぎ(足漕)」に同じ。*日葡辞書〔1603~04〕「Axinago (アシナゴ)。アシコギという方がまさる。〈訳〉片足飛びで歩くこと」

あしりこぎ〔名〕(「あしり」は「足後」の意か)片足を後ろにあげて、他方の足で立つこと。また、片足で跳ね歩くこと。あるいは、後ろにあげた片足の足首を片手で握り、一方の片足で跳んで競走する、子供の遊戯ともいう。あしこぎ。*日葡辞書〔1603~04〕「Axiricogui (アシリコギ)。アシコギという方がよい〈訳〉片足飛びで歩くこと。Axiricoguiuo (アシリコギヲ) スル」*俳諧・誹諧発句帳〔1633〕夏・夕立「かた分てふる夕立やあしりこぎ〈親重〉」*俳諧・新増犬筑波集〔1643〕油糟・秋「うへにかたかた下にかたかた 紅葉葉を踏まじと人のあしりこぎ」

上の引用でわかるが、『日葡辞書』は「アシコギ」「アシナゴ」「アシリコギ」をそれぞれ見出しにし、見出し「アシナゴ」「アシリコギ」の語釈中で「アシコギ」という言う方がまさる、と説明している。見出し「アシコギ」に現代方言が示されているのは、17世紀初め頃にあった「アシコギ」が話しことばとして使われ、現代方言に残ったことを推測させる。一方、見出し「あしりこぎ」には俳諧における使用例が示されており、「アシリコギ」も使われていたことを思わせる。『日葡辞書』が「アシナゴ」「アシリコギ」よりも「アシコギ」がよい、と述べていることは、「アシコギ」が標準的な語形であったことを思わせる。そうだった場合、〈片足ではね歩くこと〉をなぜ「コグ(漕)」というのか、というところに1つの「課題」がありそうではある。『日本国語大辞典』は見出し「こぐ」の語義を(1)「櫓(ろ)や櫂(かい)などを用いて船を進める。また、櫓や櫂などを動かすような動作で器具を手で動かす」(2)「ぬかるみや雪の積もったところ、やぶなどの歩きにくいところを歩く」(3)「いねむりをして、からだを前後にゆり動かす。いねむりする。船を漕ぐ」(4)「自転車やブランコなどを足の力で動かす」と4つに分けて説明している。語義(1)が「コグ」のもともとの語義であるとすれば、説明の後半の「櫓や櫂などを動かすような動作で器具を手で動かす」の特に「櫓や櫂などを動かすような動作」がポイントではないだろうか。この回転をともなった「動作」が語義(4)の自転車やブランコを「コグ」につながっているのではないか。「コグ」という回転をともなった「動作」があって、それを手で行なうと「手漕ぎ」、足で行なうと「足漕ぎ」ということではないか。「アシコギ」が「アシ(足)」+「コグ(漕)」と分解できそうなことからすれば、「アシナゴ」「アシリコギ」は分解しにくい。すなわち語構成がつかみにくい。「アシナゴ」から「アシ(足)」を析出すると「ナゴ」が残る。「アシリコギ」から「コギ(漕)」を析出すると「アシリ」が残る。ともにすぐにはわからない形といってよい。

ただ、『日本国語大辞典』は「片足跳び」という語義をもつ方言として「アシコンギ」という見出しをたてている。ここには示さないが「アシコンギ」から派生したと思われる方言語形がかなりひろい地域で使われていることがわかる。「アシコンギ」は「アシコギ」に撥音が加わった語形で、こういうことはよくある。「アシコンギ」の撥音「ン」の位置がずれると「アシンコギ」になる。「ずれると」と気楽にいっているようにみえるかもしれないが、「サザンカ(山茶花)」は漢字列「山茶花」からすれば「サンサカ(サンザカ)」であるはずだが、2番目にあった撥音と3番目にあった「ザ」がいれかわって、「サザンカ」という語形になっている。通常はラ行音が撥音に変化することが多いので、「アシリコギ」から「アシンコギ」という変化が想定しやすいのだが、それが逆に「アシンコギ」から「アシリコギ」になったのか、などと思わないでもないが、いずれにしても「アシナゴ」「アシリコギ」は分解しにくい。ということは、何らかの音が加わったり、除かれたりといった「音変化」を経ている可能性がたかいということになる。それはやはり標準的な語形ではなくなっている、ということで、『日葡辞書』が「アシコギ」をよしとしていることはそういうことだといえそうではある。

さて、この「アシコギ」の語釈「片足ではね歩くこと」をみた時に、これは「けんけん」ではないのだろうか、とすぐに思った。『日本国語大辞典』の見出し「けんけん」には次のように記されている。

けんけん〔名〕(1)片足で跳(と)びあるくこと。片足跳びの遊び。ちんちん。*浮世けんでないけんづくし見立角力〔1785頃〕「子供遊びは、けんけん」*絵合せ〔1970〕〈庄野潤三〉一「片足で『けんけん』をしながら走って行って」(略)

もしも「ケンケン」と「アシコギ」が同じ動作をあらわしているのだとすると、つながりがほしい。そこでさきほどの方言「アシコンギ」だ。「アシコンギ」の方言形として実に多くの語形があげられているが、その中に「アシゴンゲ」「アシコンゴ」「アシコンコン」「アシナゴケンケン」などがある。「アシコンコン」から「アシ」をはずした「コンコン」の「コ」の母音[o]が母音[e]に交替すれば、「ケンケン」になる。「アシナゴケンケン」から「アシナゴ」をはずせば「ケンケン」だ。

ということで、現代日本語として使っている「ケンケン」は「アシコギ」の変化した形ではないかという大胆きわまりない「妄想」を語ってみました。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。