言語学では、ある語の「変異形」を「バリアント(variant)」と呼ぶ。現代日本語では「ヤハリ」「ヤッパリ」を使う。場合によっては「ヤッパ」や「ヤッパシ」を使うこともあるかもしれない。「ヤハリ」を標準語形と考えれば、他の語形は「変異形」ということになる。『日本国語大辞典』は「ヤッパリ」「ヤッパシ」「ヤッパ」すべて見出しとしている。「ヤッパシ」の使用例には安原貞室の著わした「かた言〔1650〕」があげられているので、「ヤッパシ」も江戸時代には使われていたことがわかる。
「ヤハリ」に促音が入ったのが「ヤッパリ」で、その末尾の「リ」が「シ」に替わったものが「ヤッパシ」で、これらの末尾の「リ」あるいは「シ」が脱落したのが「ヤッパ」だとみることができる。変化すればするほど、もとの語形からは離れていく。したがって、変異形には「ちょっと違う語形だな」と思うようなものから、「だいぶ違った語形だな」と思うようなものまである。今回はその「ちょっと違う語形」を話題にしてみたい。変異形を話題にするので、方言もとりあげていくことにする。方言の地点番号は省いた。
あぼちゃ 方言 〔名〕(1)植物、カボチャ(南瓜)。《あぼちゃ》出羽置賜郡 島根県(以下略)
『日本国語大辞典』の見出し「カボチャ」には「({ポルトガル}Cambodiaから)」とあり、語義【二】(1)の語釈末には「本種ははじめカンボジア原産と考えられていたので、この名があるという」と記されている。そうであれば、「カボチャ」はもともとポルトガル語の「Cambodia」の変異形であったことになる。その「カボチャ」の最初の子音[k]が脱落した語形が「アボチャ」で、変化としては頭子音が脱落したということであるが、「アボチャ」と「カボチャ」は「ちょっと違う語形」を少し超えているような気もする。それは語に形を与えている最初の音が異なるからだろう。
あらうる〔連体〕「あらゆる(所有)」に同じ。
あらえる〔連体〕「あらゆる(所有)」の変化した語。
前者の使用例として、「御伽草子・熊野の本地(室町時代物語集所収)〔室町末〕」と「日葡辞書〔1603~04〕」、後者の使用例として、「史料編纂所本人天眼目抄〔1471~73〕」と「サントスの御作業〔1591〕」があげられているので、両語形とも、室町時代には確実にあった語形であることがわかる。「アラユル」と「アラウル」、「アラエル」とをそれぞれ仮名で書くと、「ユ」が「ウ」、「エ」に替わった語形のようにみえてしまうが、室町時代の「エ」はヤ行の「エ」、すなわちヤ行子音がついた[je]という音だと考えられている。そうであれば、「ウ」は「ユ」=[ju]の頭子音[j]が脱落したものということになる。また、「エ」は[je]で、「ユ」は[ju]なので、こちらは母音[u]が母音[e]に替わった「母音交替形」であることになる。
いごく【動】〔自カ五(四)〕(「うごく(動)」の変化した語)(以下略)
おごく【動】〔自カ四〕(「うごく(動)」の変化した語)(以下略)
見出し「うごく」の末尾には、「福島・栃木・埼玉方言・千葉・信州上田・鳥取・島根」で「エゴク」ということが示されており、この「エゴク」を含めると、「イゴク」「エゴク」「ウゴク」「オゴク」が存在することになり、「アゴク」以外が揃っていておもしろい。
インテレ〔名〕「インテリ」に同じ。
インテリ〔名〕(「インテリゲンチャ」の略)(1)「インテリゲンチャ」に同じ。(2)知識、学問、教養のある人。知識人。
見出し「インテレ」の使用例として髙見順の「いやな感じ〔1960~63〕」の次のようなくだりがあげられている。オンライン版で検索をかけると、髙見順『いやな感じ』は419件がヒットする。ある程度使われている資料だ。そんなこともあり、この本も購入した。ここではそれを使って、『日本国語大辞典』よりも少し長く引用する。
「勉強だ?」
丸万はせせら笑って、
「勉強で革命ができるかよ」
「そりゃ、そうだが」
「おめえは生じっか、中学なんか出てるもんだから、大分、インテレかぶれのところがあるな」
インテリをインテレと丸万が言ったのは、インテリのなまりではなく、その頃は一般にインテレとも言っていたのだ。
「intelligentsia」は外来語であるので、その外来語をどのような語形として(日本語の語彙体系内に)受け止めるかということがまずある。だから「インテレ」は「インテリ」が変化したものではないが、「インテリ」を一方に置くと、「インテレ」は「母音交替形」すなわち変異形にみえる。
うえさ【噂】〔名〕「うわさ(噂)」の変化した語。
うしろい【白粉】〔名〕「おしろい(白粉)」の変化した語。
うちゃすれる【打忘】 方言 〔動〕(「うちわすれる」の転)忘れる。
うっとら〔副〕(「と」を伴う場合が多い)「うっとり【一】」に同じ。
うらいましい【羨】〔形口〕[文] うらいまし〔形シク〕「うらやましい(羨)」の変化した語。
うるこ【鱗】〔名〕「うろこ(鱗)」の変化した語。
うるしい【嬉】〔形口〕六方詞。「うれしい(嬉)」の変化した語。
おがい【嗽】〔名〕「うがい(嗽)」の変化した語。
おしろ【後】〔名〕(「うしろ」の変化した語)
かいつばた【燕子花】〔名〕(1)「かきつばた(燕子花)(1)」に同じ。(以下略)
がいと【外套】〔名〕「がいとう(外套)」の変化した語。
かいべつ 方言 〔名〕植物、キャベツ。
かえら〔名〕「かえる(蛙)」に同じ。
それにしてもいろいろな変異形がある。書物を読んでいるだけでは、変異形にはなかなかであうことはないが、こうして辞書をよんでいると、かなりある(あった)ことがわかる。「カエラ・カエル」も活用みたいだ。そういえば、植物の「カエデ」は葉が蛙の手のようだから「カエルデ(蛙手)」だったが、それが「カエデ」に変化したものだった。
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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ //japanknowledge.com/)の表示に合わせております。