『日本国語大辞典』をよむ

第52回 鬼の伊勢崎町ブルース

筆者:
2019年1月27日

名詞以外の品詞から転じてできた名詞を「転成名詞」と呼ぶことがある。例えば、動詞「ヒカル(光)」の連用形「ヒカリ」は名詞として使う。名詞が他の品詞をうみだすこともある。

おにし【鬼】〔形シク〕(名詞「おに(鬼)」の形容詞化)鬼のようである。荒々しく恐ろしい。人情がない。おにおにし。*河内本源氏物語〔1001~14頃〕玉鬘「海賊の、ひたぶるならむよりも、かの、おにしき人の、追ひ来るにやと思ふに、せむかたなし」*源氏物語〔1001~14頃〕夕霧「らうたげにも、のたまはせなすひめ君かな。いとおにしうはべるさがなものを」

上には『源氏物語』の例しかあげられていないけれども、「オニオニシ」という形容詞もあることがわかる。

おにおにし【鬼鬼】〔形シク〕(形容詞「おにし」を強めた語)まるで鬼のようなさまである。荒々しく恐ろしい。人情がない。*青表紙一本源氏物語〔1001~14頃〕夕霧「らうたげにも、のたまはせなす姫君かな。いとをにをにしう侍るさがなものを」*読本・春雨物語〔1808〕死首のゑがほ「父がおにおにしきを鬼曾次とよび、子は仏蔵殿とたうとびて」*風流仏〔1889〕〈幸田露伴〉一〇・下「どうまあ邪見に鬼々しく刃の酷(むご)くあてらるべき」

「(形容詞「おにし」を強めた語)」から、「オニオニ」という名詞に「シ」が下接したのではなく、先の「オニシ」という形容詞の語幹部分を繰り返すことによって強調した語形ということがわかる。「ニクシ」に対して「ニクニクシ」が類似の例のように思うが、『日本国語大辞典』はそのようには説明していない。

にくにくしい【憎憎】〔形口〕[文] にくにくし〔形シク〕はなはだ憎らしい。いかにも憎らしい。*洒落本・禁現大福帳〔1755〕二「可愛の裏は憎(ニク)々しく」*人情本・春色梅児誉美〔1832~33〕四・二三齣上「さもにくにくしく言はなして」*滑稽本・八笑人〔1820~49〕初・一「肥満(ふとっ)た眼の大い髪むしゃくしゃの悪々(ニクニク)しいといふ面がほしい」*大津順吉〔1912〕〈志賀直哉〉二・九「その云ひ方が如何にも憎々しかった」

見出し「おにし」の語釈中に「形容詞化」という語が使われている。例えば、見出し「いさおし」にもこの語が使われている。

いさおし【功・勲】〔形シク〕(「いさお(勇男)」の形容詞化)(1)勇ましい。雄々しい。*日本書紀〔720〕大化二年正月(北野本訓)「里坊の長には、並びに里坊の百姓の清正(いさぎよ)く、強X(イサヲシキ)者を取りて宛てよ」(注:Xは「朝」の偏と「跨」の旁から成る字)*日本紀竟宴和歌-延喜六年〔906〕「伊佐袁志久(イサヲシク)正しき道のおむがしさとこぞわが名も君は賜ひし〈葛井清鑒〉」*宇津保物語〔970~999頃〕俊蔭「としかげ、いさおしき心、早き足をいたしてゆくに」(2)勤勉だ。努め励んでいる。*日本書紀〔720〕推古一二年四月(北野本訓)「其れ如此(これら)の人は皆、君に忠(イサヲシキこと)無く、民に仁(めぐみ)無し」*日本書紀〔720〕大化五年三月(北野本訓)「聊に望はくは、黄泉(よもつくに)にも尚忠(イサヲシキこと)を懐きて退らむ」*類聚国史-一九〇・風俗・俘囚・延暦一一年〔792〕一一月甲寅・宣命「今より往前(さき)も伊佐乎之久仕奉(つかへまつ)れば」*唱歌・蛍の光〔1881〕「いたらんくにに、いさをしく。(3)功績をあげている。手柄をたてている。*日本書紀〔720〕天武元年八月(北野本訓)「諸の有功勲(イサヲシキ)者に恩勅(みことのり)して、顕(あきらか)に寵賞(めぐみたまもの)す」*日本書紀〔720〕天武二年二月(北野本訓)「有功勲(イサヲシ)き人等(ひとたち)に爵(かぶり)賜(たま)ふこと差(しな)有り」

これも名詞「イサオ」からうまれた形容詞ということになる。

名詞「オニ(鬼)」の形容詞があるということはひろくは知られていないかもしれない。次に、「オニ」を冠する語をいくつかあげてみよう。

おにあわ【鬼粟】〔名〕植物「おおあわ(大粟)」の古名。*重訂本草綱目啓蒙〔1847〕一九・穀「粱 おほあは〈略〉おにあは」

おにいとまきえい【鬼糸巻鱝】〔名〕イトマキエイ科の海産のエイ類の一種。体盤幅が約七メートルに達する。世界の亜熱帯・熱帯域に分布し、中層を遊泳する。頭胸部は扁平な体盤状になっており、尾部はムチ状で、尾びれはない。頭部の目の前方に、胸びれの一部が耳状に突出した一対の頭鰭となっている。この形状が特異で、ダイビンクの対象魚として人気が高い。口は頭鰭の間の頭部前縁にあり、動物プランクトンを食べる。マンタの別名で知られる。学名はManta birostris

おにうこぎ【鬼五加】〔名〕ウコギ科の落葉低木。本州の山野に生える。雌雄異株で高さ二メートルぐらいになる。幹は枝分かれして曲がり、茶褐色のとげがでる。三~七センチメートルの葉は長い柄があり掌状の複葉で、長さ二~七センチメートル、幅一~三・五センチメートルの五小葉に分かれる。初夏、たくさんの小花が球状形に密に集まって咲く。また、ケヤマウコギをオニウコギとすることもある。やまうこぎ。学名はEleutherococcus spinosus *重訂本草綱目啓蒙〔1847〕三二・灌木「五加〈略〉山中自生の者は樹大にして葉も大なり おにうこぎと云、石州にて やまうこぎと云、味劣れり、皆夏月花を簇生す。小にして白色、実も又簇り生す、秋後葉枯落根皮を採薬用とす」*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「オニウコギ アブラギ(北海道) ウニウコギ」

おにおこぜ【鬼鰧・鬼虎魚】〔名〕カサゴ科の海魚。体長約二〇センチメートル。頭部の形は奇妙で鬼を思い起こさせるところからこの名がある。口は上方を向く。背びれのとげは堅く、毒腺があるので刺されると猛烈に痛い。体色は環境によって異なるが、沿岸のものは濃黒褐色、深海のものは赤色あるいは黄色のものが多い。肉は美味で、鍋料理や吸い物にして賞味する。本州中部以南の水深約二〇〇メートルまでの砂泥底に分布する。おこぜ。学名はInimicus japonicus《季・冬》*生物学語彙〔1884〕〈岩川友太郎〉「Pelor オニヲコゼ属」

おにあし【鬼足】〔名〕鬼の歩き方。速い歩き方。*鷺賢通本狂言・餌差十王〔室町末~近世初〕「地獄の里を立ち出でて、鬼足に歩み行く程に」

おにおろし【鬼下】〔名〕おろし金の歯のあらいもの。

おにかわ【鬼皮】〔名〕栗などの木の実の外側の厚く堅い皮。内側の薄い皮に対していう。

動植物の場合、大きなものや場合によっては棘のあるものなどに「オニ」が冠せられ、一般語では、程度のはなはだしい場合に「オニ」が附けられている。この延長上に、現代の「おにかわいい」や「おにかっこいい」があるといえるだろう。

最後に、『日本国語大辞典』をよんでいて見つけた、ちょっとかわいい、鬼にかかわる語を紹介しよう。

あいたあんくさ〔名〕節分の晩にイワシの頭をヒイラギの小枝にさし、家の入口につけることを、鳥取県あたりでいう。鬼が目を突かれて痛く、魚のにおいが臭いのでそういうだろうとの想像から。

鬼がヒイラギで目を突かれて「アイタッ」と言い、イワシの臭いで「クサッ」と言う。そこまではいい。真ん中の「アン」は何だろうか? 鬼の溜息だろうか。青江三奈の「伊勢崎町ブルース」みたいで、なんだかかわいいではないか。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。