あお‐じ【蒿雀・青鵐】〔名〕ホオジロ科の鳥。大きさはスズメぐらいで、全長約一六センチメートル。上面は暗緑色を主色とし、腹面は淡黄色に暗黒色の斑点がある。鳴き声はホオジロに似ている。本州中部の高原から北海道の低地にかけて繁殖し、冬は本州中部以南の低地に渡る。あおしとど。学名はEmberiza spodocephala 《季・夏》(略)語源説 アヲはその色から、ジはシトド(鵐)の略〔名言通〕。
「凡例」の「見出しについて」の三「見出しの中に示すかな以外の記号」の1に「見出しの語の構成を考えて、最後の結合点がはっきりするものには、結合箇所に‐(ハイフン)を入れる。ただし、姓名等を除いた固有名詞・方言などには入れない場合が多い」とある。
見出し「あおじ」では、右に示したように「あお‐じ」とハイフンが入っている。したがって、この鳥の名前は「アオ・ジ」という語構成である(だろう)と『日本国語大辞典』の編集者が判断していることがわかる。
「語源説」にあげられている『名言通』は服部大方が著わし1835(天保6)年に出版されている辞書であるが、『日本国語大辞典』は「めいげんつう」を見出しにしない。また「主要出典一覧」にも採りあげられていない。
インターネットで調べれば、このアオジがどのような鳥であるかはすぐわかる。鳴き声を聴くこともできる。便利な時代になったものだ。「頭部は暗緑色、背中が暗褐色、胸と腹とは緑がかった黄色」などと説明されていることが多い。まあ地味な色合いの鳥であるが、その「地味な色合い」は日本語「アオ(青)」が指す範囲だろうから、語構成はやはりまず「アオ・ジ」と考えたくなる。つまり「青いジ」ということになるが、そうなると「ジって何?」という疑問がわいてくる。『名言通』はそれを「シトド」と説明しているのだが、「シトド」を略しても「ジ」にはなりそうもなく、苦しい説明になっている。「アカジ」「クロジ」「シロジ」などという名前の鳥がいるのだろうかと思って、『日本国語大辞典』を調べてみると、いました、いました。「クロジ」がいました。
くろ‐じ【黒鵐】〔名〕ホオジロ科の鳥。全長約一七センチメートルで、大きさはスズメよりやや大。雄は全身暗灰色で黒っぽく、背面に黒褐色の斑紋がある。雌は褐色を帯び、ホオジロの雌に似ているが外側の尾羽に白斑がないので区別できる。山麓や村落付近の雑木林などにすむ。千島、カムチャツカ半島にも分布するが、主に北海道、東北地方などで繁殖し、一〇~一一月にかけて各地に渡る。学名はEmberiza variabilis
こうなると「ジ」という鳥がいるはずだが、わかるのはここまでだ。鳥の名前などは基本的には和語でつけられるだろうが、語構成がわからない名前もあれば、語構成はわかっても、「アオジ」「クロジ」の「ジ」のように、語義がわからない要素(形態素)もある。
例えば、『日本国語大辞典』は見出し「うぐいす」「からす」「すずめ」「つばめ」にはハイフンを入れていない。つまり、これらの鳥の名前は、どのように分解できるかわかっていないということだ。「ツル(鶴)」や「サギ(鷺)」など、2拍語が分解できないのはやむをえないとしても、それだけ、日本語は語構成がみえにくい言語ということになる。
「ウグイス」「カラス」にはともに「ス」が、「スズメ」「ツバメ」にはともに「メ」がつく!と思った方がいるかもしれません。
江戸時代後期の国語学者鈴木朗は自身の著作『雅語音声考』の中で、「ス」は「鳥ニモ虫ニモ多」い、すなわち末尾に「ス」がつく鳥の名前や虫の名前があることを指摘しています。「キリギリス」は「キリキリ」という鳴き声に「ス」がついていると述べています。
さて、鈴木朗は、「スズメ」の「スス」について「今チユチユト云ヲ古シユシユトキキタルナリ」と述べています。つまり今はスズメの鳴き声を「チュチュ」と聞きなすが、かつては「シュシュ」と聞きなしていた。その「シュシュ」が「スス」なのだという主張です。「スズメ」から「スズ」がとりだせるならば残るのは「メ」ですが、その「メ」について鈴木朗は「メハカモメ燕ノメニ同ク数多キ意ニテ群(ムレ)ナリ」と述べています。「ムレ(群)」と「メ」とを結びつけています。そのみかたが妥当かどうかは措くとして、「カモメ(鷗)」「ツバメ(燕)」「スズメ(雀)」の「メ」が共通した何らかの形態素だとみていることには注目したい。
『日本国語大辞典』は見出し「つばめ」の「語誌」欄の(一)に「語形としては、「色葉字類抄」にツハメ・ツハクロメの語形が見られる。ツバメ・ツバクラメ・ツバクロメのメは、カモメ・スズメ・コガラメなど、鳥類に共通する接尾語か」と記しているので、「メ」を接尾語とみて析出している点において、鈴木朗の「みかた」と通う。
ハイフンに気をつけながら、鳥の名前や虫の名前の見出しをみていくのも秋の夜長の楽しみ?かもしれません。