『日本国語大辞典』をよむ

第65回 兜の部分の名

筆者:
2019年12月22日

日本刀の名刀を男性に擬人化した「刀剣男子」を収集し育成して日本史上の合戦に現れる敵をたおすという設定のシミュレーションゲームがある。「刀剣女子」といういいかたもあり、ついにミュージカルまでできた。

『日本国語大辞典』を読んでいて、見出し「あおいざ」に出会った。「あおいば」「はちまんざ」「てへん」「かんやどり」も併せてあげておく。

あおいざ【葵座】〔名〕兜の部分の名。八幡座(はちまんざ)の古い形式。兜の鉢の頂にある穴の外縁を覆う玉縁(たまぶち)の座の一種。周囲を葵の葉の形に飾る。後世は菊をかたどった菊重(きくかさね)に替わる。葵葉(あおいば)。

あおいば【葵葉】〔名〕「あおいざ(葵座)」に同じ。

はちまんざ【八幡座】〔名〕(八幡大菩薩の宿る所の意)兜(かぶと)の鉢の頂上。中央に孔があり、孔の縁に台座・菊座・上玉(あげたま)の金物がある。神宿(かんやどり)。天辺(てへん)。

てへん【天辺・頂辺】〔名〕(1)兜(かぶと)の部分の名。鉢の中央上部をいう。てっぺん。*平家物語〔13C前〕四・橋合戦「常に錏(しころ)を傾けよ、いたう傾けて手へん射さすな」(略)

かんやどり【神宿】〔名〕(武神である八幡神の神霊の宿るところの意)兜(かぶと)の頂きの八幡座(はちまんざ)のこと。近世の俗称。神止まり。かみやどり。*本朝軍器考〔1722〕九「礼節に、神宿とかきて、加牟也登利(カムヤドリ)といふ。頭上をいふ也と注したるは、今は並に八幡座などいふ所也」

兜には髻(もとどり)を出すための穴が開けられていた。その穴の周囲を「葵の葉の形に飾」ったためにその部分を「アオイザ(葵座)」と呼ぶようになったのだろう。同じ部分を「八幡大菩薩の宿る所」とみて「ハチマンザ(八幡座)」と呼ぶこともあったし、「武神である八幡神の神霊の宿るところ」とみて「カンヤドリ」と呼ぶようになったということだろう。その部分は兜の「鉢の中央上部」で、「テヘン」とも呼ばれた。ここで「ああ、そういうことか」と納得した。

高等学校で『平家物語』「橋合戦」の箇所を学習した時に『日本国語大辞典』が使用例として示している「てへん射さすな」という表現を知った。ちゃんと説明してもらったはずであるが、兜の上部には穴が開いているということしか記憶に残らなかった。迂闊な話だ。

今回「あおいざ」を採りあげたのは、「兜の部分の名」という語釈にいわば「反応」したからだ。なるほど、兜にだって「部分の名」があるはずだ。そこでオンライン版の「範囲」を「全文(見出し+本文)」に設定し、文字列「兜の部分の名」を検索してみると、「あおいざ」を含めて6件がヒットする。「はるの日に見上する」の語釈中に使われている「みあげ」も併せて示す。

いきだし【息出】〔名〕(1)(2)(略)(3)兜の部分の名称。兜を着用した時に、頭がむれたりのぼせたりすることを防ぐため、鉢の頂上にあけてある空気ぬきの孔。周囲を座金物(ざかなもの)で飾り、この部分は八幡座と称し、古来神霊の宿る神聖なところとされた。孔は時代が下るとともに次第に小さくなり、鎌倉中期ごろには直径3.5センチメートルほどであった。神宿(かんやど)り。天空(てんくう)。息払(いきはら)い。*本朝軍器考〔1722〕九「手反の直中にある穴、今は息出しなどいふ所を飾れるやうも今様にはかはれり」

うけばり【浮張】〔名〕(1)鎌倉時代以後の兜の部分の名。兜をかぶるとき、兜の鉢と頭との接触をやわらげるため、鉢裏に間隔を置き、浮かして張った布、または革。のちには畦刺(うねざし)の百重縫(ももえぬい)などを用いた。内張(うちはり)。浮裏(うけうら)。*軍用記〔1761〕二「鉢の内うけばりは、洗革又は布を糸にてさして付くるなり」(略)

うちはり【内張】〔名〕兜の部分の名。兜の鉢裏に張った革、または布。

はらいだて【祓立】〔名〕当世兜の部分の名。眉庇(まびさし)の中央上部に釘着し、笠印・前立(まえだて)などをつけるのに用いる。

はるの日(ひ)に=庇(ひさし)をおろす[=見上(みあげ)する](「みあげ」は兜の部分の名で、目庇(まびさし)の裏面)強くもない春の陽光を帽子、かぶとなどのひさしを目深におろしてさえぎる意。取り越し苦労をすること、また、必要以上にものおじすることのたとえ。

みあげ【見上】〔名〕(1)見上げること。*良人の自白〔1904~06〕〈木下尚江〉続・五・四「其の油気も無い束ね髪、〈略〉手造の藁草履を、お高は見上げ見下しして居たが」(2)兜(かぶと)の部分の名。兜の内側で、額(ひたい)の当たるところ。目庇(まびさし)の裏面。見入れ。みうけ。*甲陽軍鑑〔17C初〕品四五「具足舁出付甲見する事、〈略〉右の手にてみあけの右脇、しころの、右のさきに、そと手を付そへ」

筆者は「兜の部分の名」としてどんな語があるかということと同時に、それらはどういう文献に載せられているのだろうと思った。上掲の見出しには「本朝軍器考〔1722〕」「軍用記〔1761〕」「甲陽軍鑑〔17C初〕」といった文献名があげられている。『甲陽軍鑑』は知られている文献であるが、その他のものは、これまであまり注目したことがなかった。

最後に一つ。見出し「みあげ」の語釈では「兜(かぶと)の部分の名」とある。だから「兜の部分の名」という文字列による検索では「みあげ」がヒットしない。「兜(かぶと)の部分の名」という文字列で検索すると、「てへん」「みあげ」を含めて8件がヒットする。

さて「兜女子」は今後うまれるのか、うまれないのか。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。