『日本国語大辞典』をよむ

第66回 のような音

筆者:
2020年1月26日

あいたん【哀湍】〔名〕人の泣き声のような音を立てる瀬。*唐詩選国字解〔1791〕五言古「壊道哀湍瀉(くいだうアイタンそそぐ)〈略〉今は御なり道などもあれはて、渓水が道へ溢れて、道も壊れたである」*杜甫‐玉華宮詩「陰房鬼火青、廃道哀湍瀉」

「湍」の字義は〈早瀬・急流〉であるので、漢語「アイタン(哀湍)」の語義が「人の泣き声のような音を立てる瀬」であるためには、「哀」の字義が〈哀れな音・声〉であるとわかりやすい。しかし、「哀」の字義を調べてみると、〈あわれむ・かなしい〉とあって、字義に〈音・声〉までは含まれていないように思われる。

『大漢和辞典』の見出し「哀」の条下には「哀」字を含む語が挙げられている。例えば「アイエン(哀猿)」の語義は「かなしさうになく猿。又、かなしげな猿のこゑ」と記されていて、〈悲しい猿〉ではない。〈悲しい猿〉とは何か? ということになりそうだが、〈鳴く〉や〈声〉は当然のこととして語義に含まれてくる、と考えればよいのだろう。同様に「アイガン(哀雁)」の語義は「かなしげに鳴く雁」と説明されているし、「アイソウ(哀箏)」の語義は「かなしげな箏の音」だ。漢字二字から成る語は、上字の字義と下字の字義とを合わせたものが全体の語義になるとひとまずは考えることができるが、その際に、その上字下字の組み合わせから両字がそもそもはもたない義が加わることはある、と考えておく必要がありそうだ。

見出し「あいたん(哀湍)」の語義「人の泣き声のような音を立てる瀬」の「ような音」が気になった。何かの音や声を説明する場合に、一般的によく知られている音や声を使って説明するということはありそうだ。そこで「のような音」を語釈に含む見出しを探してみた。(以下、下線は筆者による。)

かみなりごま【雷独楽】〔名〕回すと、雷のような音を発するこま。*浄瑠璃・松風村雨束帯鑑〔1707頃〕こま尽し「まひとどろくは、そらにしられぬかみなりごま」

「かみなりごま」は普通のこまとは形状が異なり、かつ大きい。子供の頃は普通のこまは回せても、かみなりごまはなかなか回せなかった。この場合も、語構成は「カミナリ+コマ」であるが、こまであるので、〈回すとそのような音を発する〉という語義が自然に加わる。語を複合させるという側からいえば、〈音を発する〉に対応する語素までは含めないで語をつくる、ということになる。つまり複合語の語義には何らかの「飛躍」があるということだろう。

がらがらへび【─蛇】〔名〕クサリヘビ科のマムシ亜科に属する毒ヘビの一部の総称。頭は三角形にふくれ、太い体形をしている。尾端に、脱皮の際にできた輪状の角質物が普通数個連なっており、振るとジャーッというテンプラを揚げるときのような音をたてる。南北両アメリカに分布し、体長約二・四メートルになるダイヤガラガラヘビ、体長約五〇センチメートルになるヒメガラガラヘビなどがある。草むらや砂地にすみ、ウサギ、ネズミなどを主食とする。ほとんどが猛毒を持ち、かまれると死亡することがある。きょうびだ。すずへび。

「がらがらへび」の語釈をみて、「がらがらと音をたてる」ではないのに少し驚く。「ジャーッというテンプラを揚げるときのような音」は現実的といえば現実的であるが、「がらがらへび」という名前の立場がないといえば立場がない。「がらがらへび」に対応する英語は「rattlesnake」で、『ウィズダム英和辞典』第三版(2013年、三省堂)は「rattle」を「〈物などが〉ガタガタ[ガラガラ、ゴトゴト]と音を立てる[鳴る]」と説明している。

ごとめかす〔自サ四〕(「めかす」は接尾語)ネズミが物をかじるときのような音をたてる。*日葡辞書〔1603~04〕「Gotomecaxi, su, aita (ゴトメカス)」

「ゴトメカス」の使用例としては『日葡辞書』しかあげられていない。『日葡辞書』の見出し「ゴトメカス」をみると、「鼠などが物をかじる時などに、やかましい音を立てる」(『邦訳日葡辞書』、1980年、岩波書店)と説明している。この説明は、十七世紀初め頃に『日葡辞書』を編纂した人が、「ゴトメカス」を説明するために考えだした説明といってよい。「ゴトメカス」という語は、おそらく『日葡辞書』にしか見出すことができない語で、『日葡辞書』が「鼠などが物をかじる時などに、やかましい音を立てる」と説明しているのだから、『日本国語大辞典』も、それをそのまま語釈として受け入れるしかないともいえる。『日本国語大辞典』は「メカス」を接尾語とみているのだから、「ゴト」をどう説明するか、であるが、『日葡辞書』の編纂者はそれを「鼠などが物をかじる時などの音」と聞きなし、そのように説明した。筆者が少しひっかかっているのは、台所でネズミがゴトゴト音をたてている。きっと何かを囓っているに違いない。というのはわかる。この場合、「ゴトゴト」は物を囓る音そのものではない。『日葡辞書』の説明はそういう説明ではないだろうか。一方、『日本国語大辞典』の語釈は、「ネズミが物をかじるとき」の音が「ゴト」ということになってしまわないだろうか。「のような」だからそうはならないともいえるかもしれない。例えば、「ゴトゴトと音をたてる」というような語釈を附すことはできないのだろうか。そういう語釈を示しておいて、過去の使用例として『日葡辞書』の使用例を示す。そこには『日葡辞書』の説明として「鼠などが物をかじる時~」とある。過去に編纂された辞書が与えた語釈と、『日本国語大辞典』が与える語釈とはいわば次元が異なるのだから、そのようなやりかたもあるように思う。

すずいし【鈴石】〔名〕黒褐色で、内が空洞になっている、糗(はったい)石の類の通称。振ると鈴のような音を出す。鳴石(なりいし)。*重訂本草綱目啓蒙〔1847〕六・石「太一余粮 いはつぼ〈略〉すずいし〈略〉其殻堅硬打破ときは鉄の如く光あり。裏面は栗殻色にして滑沢なり。殻内は空くして粉あり黒褐色なる者多し。又黄褐色なる者もあり〈略〉其桃栗の大さにして内に石ある者此を撼せは声ありて鈴の如し故に、すずいしと云」 *英和和英地学字彙〔1914〕「Suzuishi. Rattle-stone 鈴石」

そういう石があるということを初めて知った。使用例として『英和和英地学字彙』があげられているが、「スズイシ」に対応する英語は「Rattle-stone」で、ここにも「rattle」がでてきた。先に引用した「がらがらへび」の語釈の末尾には「すずへび」とあった。「スズ(鈴)」の音の聞きなしにも幅がありそうだ。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。