『日本国語大辞典』をよむ

第67回 改まった言い方

筆者:
2020年2月23日

あいわかる【相分・相判】〔自ラ四〕(「あい」は接頭語)「わかる」の改まった言い方。*近世紀聞〔1875~81〕〈染崎延房〉七・二「朝廷の御動静振の相分(アヒワカ)りし後、奈何(いか)様とも御指図の在せられるべし」*落語・将棋の殿様〔1889〕〈禽語楼小さん〉「お仰せの趣き相解(アヒワカ)りました」

子供の頃、テレビの時代劇などで、侍などが「あいわかった」というセリフを言うのを聞いて、「あい」は何だろうと思った記憶があるが、この「改まった言い方」だった。つまりただ「わかった」と言うよりは少し丁寧な、もしくは構えた言い方だということだ。

「改まった言い方」というといわゆる「敬語(待遇表現)」のことを想起しやすいが、「アイ(相)」のように、いわばさりげなく「改まった言い方」をつくる接頭語もある。『日本国語大辞典』には接頭語「あい(相)」がついた「改まった言い方」がかなり見出しとなっている。(以下の引用部分の下線は筆者による。)

あいあう【相合・相逢】〔自ワ五(ハ四)〕(「あい」は接頭語)(1)(人と人とが)互いに会う。出会う。対面する。*権記‐寛弘五年〔1008〕九月一〇日「向世尊寺、向実相寺、相逢明肇僧都、示音義事、亦参左府」*徒然草〔1331頃〕一六四「世の人あひあふ時、暫くも黙止する事なし。必ず言葉あり」*歌謡・松の葉〔1703〕二・まさみち「夫(つま)にはやがて逢ひにあひあふ、松こそ嬉しかりけれ」*当世書生気質〔1885~86〕〈坪内逍遙〉五「二年(ふたとせ)あまりは両人とも相逢(アイア)ふことのなかりしかば」(2)(「あう」の改まった言い方)互いに釣り合う。似合う。また、いっしょになる。一致協力する。*源氏物語〔1001~14頃〕東屋「守(かみ)の、かく面だたしきことに思ひて、受け取り騒ぐめれば、あひあひ似たる世の人の有様を」(略)

接頭語「あい(相)」にはこの(1)のように〈互いに〉という語義と、ここで話題にしている〈改まった言い方〉をあらわす場合とがある。「夫婦相和し、朋友相信じ」の「相」や、「アイボレ(相惚)」の「アイ(相)」は〈互いに〉という語義だ。

ちなみに、上の「あいあう」では(2)の語義での使用例として『源氏物語』東屋の例があげられているが、『源氏物語』のように仮名勝ちに書かれる文献においては、「あひあひ」のように書かれていることが多く、すぐには語義が理解しにくいことがあり、この「あひあひ」は何だろう? と考えることになる。

あいおなじ【相同】〔形シク〕(「あい」は接頭語。「おなじ」の改まった言い方)全く同じである。正に同一である。同等である。*太平記〔14C後〕七・吉野城軍事「磐石岩を飛ばす事、春の雨に相同じ」*浄瑠璃・平家女護島〔1719〕三「国民の命をたすくれ共猟師は恩をわきまへず、独角獣(うにかうる)を殺して角を取、是頼朝めに相同じ」*露団々〔1889〕〈幸田露伴〉一三「試験を臨むの感情は各自相同(アヒオナ)じき者と申すべし」

あいかまえて【相構】〔副〕(「あい」は接頭語。「かまえて」の改まった言い方)(1)用心して。心を配って。精神を集中して。あいかまいて。*江談抄〔1111頃〕三「流泉啄木と云ふ曲は此目暗のみこそ伝へけれ 相構て聞弾欲伝之処」*今昔物語集〔1120頃か〕一・三四「牛の思はく、『我返らむ時に、相構て供養し奉らむと』」*毛利家文書‐(天文一九年カ)〔1550か〕一〇月二三日・毛利元就書状(大日本古文書二・五七六)「相かまへて相かまへて、いかやうの事候共、御かんにん候はては曲あるましく候」(2)必ず。きっと。*高山寺所蔵釈摩訶衍論々義草裏文書‐(正治元年カ)〔1199か〕六月一八日・隆玄書状(鎌倉遺文二・一〇五八)「又来月御影供之比は、相構て参せはやと思給候」*平松家本平家物語〔13C前〕一・義王「相構て念仏怠り給ふなと、互に心をいましめて」(略)

「あいかまえて」の語義(1)は「改まった言い方」であるが、(2)はそこから「必ず。きっと」という強調にちかい語義に転じていることが窺われる。そうであれば、「改まった言い方」からさらに「アイ(相)」の語義が変化していくことがあるとみておく必要がある。

あいかわる【相替・相変】〔自ラ五(四)〕(「あい」は接頭語。「かわる」の改まった言い方)交代する。また、変化する。*太平記〔14C後〕四・笠置囚人死罪流刑事「運の通塞、時の否泰、夢とや為ん、幻とや為ん、時移り事去て哀楽互に相替る」*古活字版蒙求抄〔1529~34〕「主と云は一日の中の十二時はその日は子の辰てもあれ丑の辰の日てもあれ相かわらすそのまま十二時の間十二時てくるほとに十二時を主と云そ」*日葡辞書〔1603~04〕「Aicauari,u,atta (アイカワル)」*浄瑠璃・平家女護島〔1719〕三「今朝の御脈夜前の通に相替らず。つつしんで御様体を考奉るに」

「あいかわる」の使用例の中で、『太平記』の例は「相替る」であるが、古活字版『蒙求抄』の例は「相かわらす」、「浄瑠璃・平家女護島」の例も「相替らず」で、これらは否定形での使用ということになる。

「アイカワラズ」は現代日本語でもごく一般的に使うが、「アイカワル」はおそらくほとんど使わないだろう。このように、否定形ばかり使うという語もある。『三省堂国語辞典』第七版には見出し「あいかわらず」があり、語釈には「今までと変わらず。あいもかわらず。[「あいかわりませず」は、ていねいな言い方]」とある。このことからも、現代日本語の「アイカワラズ」の「アイ」には「改まった言い方」という語義はまったく含まれていないといってよいだろう。そして、『三省堂国語辞典』第七版は「アイカワル」を見出しにしていない。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。