『日本国語大辞典』をよむ

第69回 わたしは誰でしょう?③:植物編

筆者:
2020年4月26日

モンステラという植物をご存じだろうか。サトイモのような葉に切れ目が入っている、と説明して「ああ、あれか」とわかる方は、植物に詳しい方かもしれない。インターネットなどで調べてみれば、すぐに画像を見ることができる。画像を見れば、ああ、見たことはあるな、ということになるだろう。『日本国語大辞典』には次のようにある。

モンステラ〔名〕({ラテン}Monstera)サトイモ科のつる性常緑植物。中南米原産で、日本へは明治初年に渡来。温室で栽培される観葉植物の一つ。卵形の葉には長柄がある。葉面は穴が多数あるか、または羽状に裂けており、長さ六〇~八〇センチメートル。茎は太く、節間から太く長い気根を下垂し、他の木に付着して茎を支える。夏、長さ約三〇センチメートルの仏炎苞に包まれた淡黄色の肉花穂をつける。果実は食用。和名、蓬莱蕉(ほうらいしょう)。学名はMonstera deliciosa

果実がなることは知らなかったし、それが食用になるということも知らなかった。「明治初年に渡来」とあるので、観葉植物としては「歴史」がある。サトイモ科だから日本の風土にあっているのだろうか。さて、上の語釈の末尾に「和名、蓬莱蕉(ほうらいしょう)」とある。そこで「ほうらいしょう」は見出しになっているのかと思って調べてみるとなっていた。

ほうらいしょう【蓬莱蕉】〔名〕植物「モンステラ」の和名。

ちょっとそっけない。むしろ「ほうらいしょう(蓬莱蕉)」の使用例を知りたい気がする。こういう場合の「和名」にはどのくらい使用実態があるのだろう。さて、次の「和名」がどんな植物の和名かわかるでしょうか。

1 あさぎすいせん(浅黄水仙)

2 ちょうせんあざみ(朝鮮薊)

3 てんじくぼたん(天竺牡丹)

4 のぼりふじ(昇藤)

5 はなうりくさ(花売草)

6 はまかんざし(浜簪)

7 ひめこうおうそう(姫紅黄草)

8 ふうりんぶっそうげ(風鈴扶桑花)

9 へいしそう(瓶子草)

10 むらさきはしどい(紫はしどい)

11 ようしゅぼだいじゅ(洋種菩提樹)

12 るりぎく(瑠璃菊)

答えはこちらです。

1 フリージアの和名。スズランに似た花をつけ、芳香を放つ。香雪蘭(こうせつらん)。《季・春》

2 植物「アーチチョーク」の和名。*物品識名〔1809〕「テウセンアザミ とうあざみ」*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「テウセンアザミ」*思ひ出〔1911〕〈北原白秋〉わが生ひたち「病犬は朝鮮薊の紫の刺に後退りつつ咆え廻り」

3 植物「ダリア」の和名。《季・夏》*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「テンジクボタン」*田舎教師〔1909〕〈田山花袋〉五〇「花壇には〈略〉天竺牡丹(テンヂクボタン)や遊蝶草などが咲いて居る」*桐の花〔1913〕〈北原白秋〉哀傷篇・哀傷篇序歌「紅の天竺牡丹ぢっと見て懐妊りたりと泣きてけらずや」

4 植物「ルピナス」の和名。《季・夏》

5 植物「トレニア」の和名。《季・夏》

6 植物「アルメリア」の和名。《季・春》

7 植物「メキシカン-マリーゴールド」の和名。*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「ヒメコウワウサウ」

8 植物「ハイビスカス」の和名。

9 植物「サラセニア」の和名。*生物学語彙〔1884〕〈岩川友太郎〉「Pitcher-plant 瓶子草(義譚)」

10 「ライラック」の和名。《季・春》

11 植物「リンデンバウム」の和名。

12 植物「ストケシア」の和名。《季・夏》

上の1~12で、『日本国語大辞典』が、辞書以外の、和名の使用例をあげている見出しは、上にあげたように、2・3のみで、先にも述べたように、和名が実際にどのくらい使われていたのかは、すぐにはわからない。2・3のいずれにも北原白秋が入っているのは興味深い。北原白秋には和名の「てんじくぼたん」ではなく、「ダリア」を使った作品も少なからずみられる。白秋『桐の花』(1913年、東雲堂書店)の「哀傷篇序歌」中の「花園の別れ六首」と題された連作中には次のような作品がある。振仮名を省いて引用する。

君と見て一期の別れする時もダリヤは紅しダリヤは紅し

哀しければ君をこよなく打擲すあまりにダリヤ紅く恨めし

身の上の一大事とはなりにけり紅きダリヤよ紅きダリヤよ

われら終に紅きダリヤを喰ひつくす虫の群かと涙ながすも

6首のうちの4首が赤いダリヤを詠み込んでいる。「てんじくぼたん」は1首のみだ。ダリアは江戸時代に長崎に持ち込まれ、明治30年頃から栽培が急速にひろまったという指摘もある。1921(大正10)年には「日本ダリア会」が結成されている。

10ではライラックの和名が「むらさきはしどい」ということだ。『日本国語大辞典』は「はしどい」に漢字をあてていない。それは「ハシドイ」がどのような和語かはっきりしないからであろう。「はしどい」を調べてみると次のようにある。

はしどい〔名〕モクセイ科の落葉小高木。北海道・本州・四国および九州の山地に生え、庭木ともされる。高さ一〇メートルに達する。樹皮は灰褐色。葉は柄をもち対生し、葉身は広卵形または広楕円形で長さ七~一二センチメートル。初夏、枝先に白色で先が四裂したごく小さな漏斗状花が長さ一五~二五センチメートルの円錐花序に群がってつく。果実は楕円形で長さ約二センチメートル。種子は扁平で翼がある。材は薪炭・細工用。きんつくばね。やちかば。どすなら。学名はSyringa reticulata *物品識名拾遺〔1825〕「ゑご ハシドイ」

調べてみると、「ハシドイ」は高さ10メートル以上の高木になることもあり、花は白いとのことだった。つまり白い花が咲く「ハシドイ」を基準にすると、ライラックの花は紫だから「ムラサキハシドイ」という和名になるということだ。「しろばなたんぽぽ」はタンポポに似ていて、花が(黄色ではなくて)白いということで、同じネーミングのしかただ。もとになる語があって、派生語がある。

「はしどい」の語釈末尾には「きんつくばね」「やちかば」「どすなら」とある。これらは「はしどい」の異名であろう。「やちかば」「どすなら」は見出しになっていない。「ヤチカバ」の「ヤチ」は〈低湿地〉という語義の「ヤチ(谷地)」で、そうした場所に生育する「カバ(樺)」ということか。「ドスナラ」の「ナラ」は「ナラ(楢)」の可能性がありそうだが、「ドス」はどういう語か決めがたい。古代日本語においては、語頭に濁音が位置しなかったことが知られている。そのことからすれば、あまり古くからある語ではなさそうで、非標準的な傾きをもつ語かもしれない。

『菟玖波集』に「草の名も所によりて変わるなり難波の葦は伊勢の浜荻」という句が収められているが、さしづめ「天竺牡丹はダリアのことさ」というところだろうか。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

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辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。