『日本国語大辞典』をよむ

第77回 黄昏のビギン

筆者:
2020年12月27日

たそがれ【黄昏】〔名〕(古くは「たそかれ」。「誰(た)そ彼(かれ)は」と、人のさまの見分け難い時の意)夕方の薄暗い時。夕暮れ。暮れ方。たそがれどき。また、比喩的に用いて、盛りの時期がすぎて衰えの見えだしたころをもいう。*海人手子良集〔970頃〕「黄昏に涙の玉をながめつつねふして夜はにあかすともし火」*源氏物語〔1001~14頃〕夕顔「寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔」*文明本節用集〔室町中〕「誰別 タソカレ 倭俗云夕」*仮名草子・尤双紙〔1632〕上・二一「ふかき物の品じな六条わたりの御忍びありきの誰(タソ)かれに」*俳諧・三冊子〔1702〕わすれ水「夕間暮といふ事、間は休め字也。暮れてたそかれ迄の事をいふ。しばしの間人の見ゆるかみへざるかのほどをたそかれといふ。誰(たそ)かれといふ義理也。むかしは人倫にする、今はそのさたなし」*和英語林集成(再版)〔1872〕「ヒノtasogareni (タソガレニ) ナッタ」*現代文学にあらはれた知識人の肖像〔1952〕〈亀井勝一郎〉杉野駿介「この両者の闘争はその極端に機械的な性格の故に、私には人類の黄昏(タソガレ)としてみえる」

たそがれる【黄昏】〔自ラ下一〕[文]たそがる〔自ラ下二〕(名詞「たそがれ」を動詞化したもの)夕暮となる。暮方になる。また、比喩的に、盛りが過ぎて衰える。*俳諧・俳諧次韻〔1681〕「蚓の音さへ耳に腹だつ〈才丸〉 月の秋うらみはこべの且夕(タソカレ)て〈揚水〉」*雑俳・柳多留-八〔1773〕「通町ごふく店からたそかれる」*人情本・英対暖語〔1838〕五・二八回「はや黄昏(タソガレ)て、田甫(たんぼ)には耕作する人もなく」*みだれ髪〔1901〕〈与謝野晶子〉蓮の花船「春の日を恋に誰れ倚るしら壁ぞ憂きは旅の子藤たそがるる」*私的生活〔1968〕〈後藤明生〉三「ややたそがれはじめたふたりの会話に区切りをつけようとしたつもりであったが」

「誰(た)そ彼(かれ)は」(「彼は誰?」)という表現から〈夕暮れ時〉をあらわす「タソカレ」という名詞がうまれ、さらに第3拍が濁音になって「タソガレ」となった。この名詞「タソガレ」に「ル」が下接して動詞化した語が「タソガレル」である。

動詞化という用語はともかくとして、動詞「タソガレル」の場合は、「タソガレ」という名詞も使っているので、両語にかかわりがあることはなんとなくにしても認識している人が多いだろう。

動詞化した語の例として、例えば『源氏物語』の「賢木」に「かうようにおどろかしきこゆるたぐひ多かめれど、なさけなからずうちかへりごち給ひて、御心には深う染まざるべし」(このように、源氏の関心をひこうとお便り申し上げる女たちが多いようだが、薄情だと思われない程度にお返事をなさるだけで、深くお心におとめになることもないのであろう)というくだりがある。「うちかへりごち」は「うち+かへりごち」と分解できるが、「かへりごち(終止形かへりごつ)」は和語「かへりごと(返事)」が動詞化したものと考えられている。このくだりを高等学校の時に習って、「おお!」と思った記憶が少しある。

ほかにも「社会福祉事業の公益性をかんがみる」というような文を目にすることがある。「かんがみる」は少しきどった、あるいは難しい語に感じる。例えば『三省堂国語辞典』第7版は見出し「かんがみる」を「①(手本に)てらして見る。「時局に―」②のっとる。「教訓に―」」と説明している。「かんがみる」には漢字「鑑」があてられることが多い。「鑑」字には〈鏡〉という字義があるが、和語「かんがみる」は名詞「カガミ(鏡)」に「ル」が下接して動詞化した「カガミル」の第1拍と第2拍の間の鼻音がはっきりと1拍となった語形と推測することができる。つまり、名詞「カガミ」から「カガミル/カンガミル」がうまれた。『三省堂国語辞典』の語釈「(手本に)てらして見る」はこの語がもともとは「カガミ」であったことをいわば意識した語釈であるようにみえる。

「タソガレ/タソガレル」「カヘリゴト/カヘリゴツ」「カガミ/カガミル・カンガミル」ぐらいはまだ「うんうん」という感じかもしれない。次の語はどうだろうか。

あいだむ【間】[自マ四〕(「あいだ(間)」を動詞化したもの)間をおく。休む。*西大寺本金光明最勝王経平安初期点〔830頃〕四「無漏の間(アヒタム)こと無き、無相の思惟と解脱と三昧とを遠くより修行する故に」*蘇悉地羯羅経寛弘五年点〔1008〕下「一嚮に当に念誦す応し。間(アヒタミ)断すること得ず」*観智院本類聚名義抄〔1241〕「間 アヒダム」

『日本国語大辞典』が掲げている使用例はいずれも漢文の訓読とかかわっており、そうした「場」でうまれた語であるかもしれない。それにしても、名詞「アイダ(間)」から動詞「アイダム」がうまれていたとは。『日本国語大辞典』にはさまざまな動詞化があげられている。

あさくさる【浅草】〔自ラ四〕(「あさくさ(浅草)」に「る」をつけて、動詞化した語)浅草をぶらつく。転じて、歓楽を求めて歩きまわる。学生仲間で使われ、俗語化した。〔特殊語百科辞典{1931}〕

おねくる〔他ラ四〕(「おねおね」を動詞化したもの)(1)口の中のものを動かしてかむ。(2)口の中で何を言っているのかわからないさまにいう。もぐもぐ言う。*浮世草子・当世芝居気質〔1777〕一・二「ちょっと此やうなものと頬に肱はって、なもああいだああ、なもああいだああとおねくり廻れば」

ぎゅうじる【牛耳】〔他ラ四〕(「牛耳(ぎゅうじ)」の動詞化)団体、党派などの中心人物となって、その組織を自分の思い通りに動かす。牛耳を執る。*改訂増補や、此は便利だ〔1918〕〈下中芳岳〉一・三「牛耳(ギウジ)る 牛耳を取るといふを複合動詞の形に転じて、かくいふのだ。ある団体の大将株となる意。『あの男、近来、関西の野球界で牛耳って居る』などと用ふる」*明治大正見聞史〔1926〕〈生方敏郎〉明治時代の学生生活・三「白馬会は黒田清輝氏の牛耳ってゐた洋画の会で」*ブウランジェ将軍の悲劇〔1935~36〕〈大仏次郎〉シュネブレ事件・四「労働者の行く酒場を牛耳ってゐる男」

現代は、といえば、「ググる」あり、「コピる」あり、「ディスる」あり、なんでもありだ。「ガスル」は「山などで霧が発生する。濃い霧が出る」ことをあらわす語であったが、現在では別の語義ももつ。

「タソガレ/タソガレル」の語釈をみて、もう1つ思ったことがあった。それは、「タソガレ/タソガレル」の語釈末に添えられている「比喩的」な語義は、『日本国語大辞典』初版には記されていないのではないか、ということだ。その「予想」は半分あたって、半分はずれた。初版は名詞「タソガレ」の語釈に「比喩的に用いて、人生の盛りの時期がすぎて衰えの見えだした年代をいう」と記していた。しかし、「タソガレル」の語釈には「比喩的」な語義が記されていない。また細かくみれば、初版は「盛りの時期がすぎて衰えの見えだした年代」と述べている。これは人の一生を一日の時間展開と重ね合わせた時に、ある年代が夕方にあたる、という比喩で、まだ重なり合いがかなりある。第2版「タソガレ」の「衰えの見えだしたころ」も同じようにみえるが、「ころ」は「年代」よりは幅が広くなっている。今は「たそがれるサミットは、世界規模の問題に謙虚な姿勢で立ち向かうしかない」(2005年7月10日『朝日新聞』)というような使い方もある。

そもそも「タソガレ」は子供が使うような語ではなかったかもしれない。筆者は水原弘が紅白歌合戦で歌った「黄昏のビギン」という曲で、「タソガレ」という語を知ったような気がしている、と書こうとして、ねんのために調べてみたら、何と、水原弘は紅白歌合戦でその曲を歌っていなかった。いったいどこでその曲を聴いたのだろうか。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。