『日本国語大辞典』をよむ

第87回 どっちが先?

筆者:
2021年10月24日

てっぺん【天辺・頂辺】〔名〕(「てへん(天辺)」の変化した語)(1)兜(かぶと)のいただき。転じて、頭のいただき。*滑稽本・旧観帖〔1805~09〕初・二「たアことウぬかすと、てっぺんを張子の福介のやうにするぜへ」*二人女房〔1891~92〕〈尾崎紅葉〉上・三「天辺(テッペン)が〈略〉円く赤兀げに兀げてゐる」(2)物のいちばん高い所。頂上。いただき。*雑俳・花見車集〔1705〕「初の夢見に富士の頭上(テッペン)」*咄本・聞上手〔1773〕金物「五重の塔へ足代をかけさせ、てっぺんの擬宝珠をなめて見」*暗夜行路〔1921~37〕〈志賀直哉〉一・七「隣の梧桐の天辺(テッペン)から百舌が啼きながら逃げて行った」(3)はじめ。最初。真っ先。*談義本・八景聞取法問〔1754〕一・疱瘡の寄の跡「有徳な人の子供は、てっぺんから大医にかけて人参ずくめ」(4)物の極点。最高。最上。*談義本・根無草〔1763~69〕前・二「女房方、娘方、おやま、所作事引くるめて若女形のてっぺん」*歌舞伎・貢曾我富士着綿〔1793〕序幕「精進物の頂辺(テッペン)を知らないで詰まるものか」*滑稽本・浮世床〔1813~23〕初・中「親があらば親御たちへ不孝の天辺(テッペン)ぢゃ」(5)ホトトギスの鳴き声。*雑俳・柳多留-六六〔1814〕「初物のてっへん銭が入らず聞く」

第65回では「兜の部分の名」として「テヘン」を採りあげたが、現在も使うことがある「テッペン」はその「テヘン」から「変化した語」である。「である」は、今風にいえば「上から目線」という感じになるが、筆者も「そうだったか」と思った。迂闊といえば迂闊。中型辞書である『広辞苑』第七版を調べてみると、次のように記されている。

てっぺん【天辺】①(「頂辺」とも書く)かぶとの鉢の頂上。転じて、頭の頂上。てへん。→兜(図)。②いただき。頂上。「山の―」「ビルの―」③最高。最上。根無草「若女形の―」

同じ岩波書店から出版されている辞書であっても、小型辞書である『岩波国語辞典』第八版(2019年)には次のようにある。

てっぺん【天辺】いただき。頂上。「頭の―から足の爪先(つまさき)まで」

上では「テッペン」が「かぶとの鉢の頂上」をあらわす語であったことが記されていない。『岩波国語辞典』の「第八版刊行に際して」には「現代語といっても、明治の後半ぐらいからを念頭に置く」であることが繰り返し述べられている。それはひろい意味合いでの現代語の辞書として編集しているということだろうから、「兜の部分の名」としての「テヘン」「テッペン」は見出しとしないし、語釈もそこまではさかのぼらない、ということだろう。もちろんそれでいいと思う。

現在『日本国語大辞典』の語釈(2)(3)の語義で「テッペン」を使っているので、それが一般的で、「兜の部分の名」が限定的な使い方に感じてしまうが、そうではなくて逆だということだ。このように変化後の語形や語義になれてしまっていて、「もともとはそうだったのか」と思う語形や語義というものがある。ここでまたオンライン版であるが、範囲を「全文(見出し+本文)」に設定して文字列「の変化した語」で検索をかけると、そういう見出しを探し出すことができる。例えば「あおにさい」だ。「ニセ」から「ニサイ」が派生している。

あおにさい【青二才】〔名〕(「青」は未熟の意、「二才」は若者の意の「新背(にいせ)」の変化した語)年が若く、経験に乏しい人を卑しめていうことば。*雑俳・西国船〔1702〕「あとがある三ケ月形りに青二才」*洒落本・風俗八色談〔1756〕一・野夫医神農の教を受る事「弓手(ゆんで)に青二才(アヲにサイ)の刀指。馬手(めて)の草履取が真鍮にて張くるみたる」*滑稽本・客者評判記〔1811〕下「青二才め、火がほしくばこちらへ廻れ」*雁〔1911~13〕〈森鴎外〉一五「乳臭い青二才(アヲニサイ)にも」

「アッケラカン」は現在も使うことがあるが、『日本国語大辞典』は「アッケラカン」の前に「アケラカン」という語形があったとみている。

あけらかん〔副〕(「と」を伴って用いることもある)口をあけてぼんやりしているさま、ぽかんとしたさまを表わす語。あっけらかん。あんけらかん。あけらけん。あけらこん。あけらひょん。あけらほん。あけらほんのり。*滑稽本・六阿彌陀詣〔1811~13〕二・上「使の口上を忘るる三助どのも、釣する側にあけらくんと」*義血侠血〔1894〕〈泉鏡花〉六「呆然惘然(アケラカン)と頤(おとがひ)を垂れて」*新浦島〔1895〕〈幸田露伴〉一二「セコンド鍼(ばり)のかちかちと忙しく進み行く世にあけらかんと日を消し」

あっけらかん〔副〕「あけらかん」の変化した語。(1)手持ち無沙汰であるさま、何もすることがないさまを表わす語。*和英語林集成(初版)〔1867〕「Akkerakan (アッケラカン)ト シテ ヒ ヲ クラス」(2)意外な状況に直面したり、あきれはてたりして、ぽかんとしているさま、放心状態にあるさまを表わす語。*藪の鶯〔1888〕〈三宅花圃〉一〇「今更お嬢さんにねとられましたからって、あっけらかんとしてゐられやアしません」*明暗〔1916〕〈夏目漱石〉一七〇「黄色に染められた芝草の上に、あっけらかんと立ってゐる婦人を後にして、うんうん車を押した」*マンボウぼうえんきょう〔1973〕〈北杜夫〉机と椅子「机の上にごしゃごしゃにつんだ本やノートなどを、一仕事すませて片づけたりすると、そのあとアッケラカンとして、次の仕事にとりかかるまで時間がかかる」(略)

「アケラカン」が先であるとすれば、促音が加わった語形が「アッケラカン」ということになる。「アケラカン」には『*滑稽本・六阿彌陀詣〔1811~13〕』の使用例があげられているが、「アッケラカン」にあげられている使用例では『*和英語林集成(初版)〔1867〕』がもっとも古いことがそれを裏付けているだろう。と、ここまで書いてきて、「江戸後期の狂歌師、洒落本作者」である山崎景貫が「朱楽菅江(アケラカンコウ)」を名乗ったが、その「アケラカン」はこの「アケラカン」なのだろうか? とふと思った。そう思って少し調べてみると、(現代語寄りの判断ということになるだろうが)「アッケラカン」をもじったもの、というような言説がみられた。野暮を承知でいえば、厳密にいえば、「アケラカン」をもじったものというべきだろう。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。