『日本国語大辞典』をよむ

第88回 「レイセイ(冷静)」はさびしい?

筆者:
2021年11月28日

第87回で朱楽管江(あけらかんこう)の名前は「アッケラカン」ではなく「アケラカン」をもじったものというべきだと述べた。朱楽管江は『雑文穿袋』という作品を著わしている。「ザツブンウガチブクロ」という書名かと思ったが、そうではなく「ザツモンセンテイ」とのことだ。となると、荻生徂徠の『訳文荃蹄』(やくぶんせんてい)のもじりであることになる。

この『雑文穿袋』について、『日本古典文学大辞典』第三巻(1984年、岩波書店)は「遊里遊興に関する多くの漢語・唐話を、平俗な訳を付し、時には語源にも及んで掲げ示す」「当時遊里に出入りする通人ぶった書生などが、優越感をもって使用した用語を集めたものであり、洒落本の人物描写中にもしばしば見られるものがあり、読本の用字用語にも通ずるものがある。語彙の排列や訳文には、岡島冠山の『唐話纂要(とうわさんよう)』(享保元年(1716)刊)に拠った形跡が多分に見られる」と記している。

「遊里に出入りする通人ぶった書生などが、優越感をもって使用した用語」であるかどうかについては慎重に考えたいが、例えば『雑文穿袋』には「冷静(筆者注:右振仮名れいせい) さみしい」「乾浄(筆者注:右振仮名げんしやう) きれい」 「醃䤌(筆者注:右振仮名おんさう) きたない」などとある。「レイセイ(冷静)」は現在もひろく使用する語であるが、「さみしい」という語義で使うことはない。『日本国語大辞典』の見出し「れいせい」には次のようにある。

れいせい【冷静】〔名〕(1)(形動)感情に動かされることなく落ち着いていて物事に動じないこと。心静かなこと。また、そのさま。沈着。*思出の記〔1900~01〕〈徳富蘆花〉一・七「冷静に然も頑然たる意力を以て」*明暗〔1916〕〈夏目漱石〉一〇七「彼は彼に支配出来る最も冷静(レイセイ)な調子で、彼の予期とは丸で反対の事を云った」*智恵子抄〔1941〕〈高村光太郎〉冬の朝のめざめ「むしろ数理学者の冷静をもって」(2)(中国の近世語から)さびしいこと。ひっそりしていること。*俚言集覧(増補)〔1899〕「冷淡 (小説語)さびしいこと。冷静も義同」 補注
(2)については「唐話纂要-一」に「冷静 サビシヒ」とある。(略)

上の(2)が『雑文穿袋』の「冷静 さみしい」にあたる。「中国の近世語から」は「近代中国語から」ぐらいがいいのではないかと思うが、使用例として「*俚言集覧(増補)〔1899〕「冷淡 (小説語)さびしいこと。冷静も義同」があげられている。

『増補俚言集覧』は1899(明治32)年に、井上頼圀、近藤瓶城が増補した活字本で、その「増補俚言集覧凡例」には「増補に小説語を引けるもの多きは我が小説伝記の書京伝馬琴ころより好みて此語を採り傍訓にはその引用せし時都合よきよみをほどこし用ゐしより其語の正解分別しかたし故に小説語に訓すへき至当の訳を故人の撰より採りて録出す」と記されている。上では「冷淡」という「小説語」の語義を「さびしいこと」と説明し、併せて「冷静も義同」と記している。

先に述べたように、岡島冠山の『唐話纂要』は1716(享保元)年に出版されているのであるから、その『唐話纂要』の記事が『増補俚言集覧』よりも前の使用例ということになる。『日本国語大辞典』の見出し「れいせい」の「補注」ではそれが補われている。『唐話纂要』にあたってみると、「冷静(筆者注:右振仮名レンヅイン) サビシヒ  冷淡(筆者注:右振仮名レンダン) 同上」(巻一、五丁表一行目)と記されており、『増補俚言集覧』の記事とはむしろ逆に記されているようにみえる。

先にあげた『雑文穿袋』の「冷静 さみしい」「乾浄 きれい」「醃䤌 きたない」は連続して掲げられている。『唐話纂要』では、「冷静(筆者注:右振仮名レンヅイン) サビシヒ 冷淡(筆者注:右振仮名レンダン) 同上」に続いて5つほど語があげられ、「乾浄(筆者注:右振仮名カンツイン) キレイナ」「醃䤌(筆者注:右振仮名アンサ゚ン) キタナヒ」と続いているので、やはり、『唐話纂要』に「拠った」可能性がある。

「唐話」は近代中国語ぐらいにとらえておくことにするが、「唐話」を書名に含み、江戸時代に出版されたテキストは一定数ある。それぞれのテキストの「内実」は必ずしも一定ではなく、「唐話」というくくり方が有効であるかどうか、慎重に考えていく必要がある。またひろく「唐話辞書」が見出しとしている(近代)中国語とすでに日本語の語彙体系に位置を占めていた漢語とのかかわりなどは、今後徐々に明らかにされていくだろう。オンライン版で「範囲」を「全文(見出し+本文)」に設定して、文字列「唐話纂要」で検索をかけると175件がヒットする。見出し「れいせい【冷静】」の場合は、『唐話纂要』の記事が「補注」として補われ、それは語義(2)と対応する。これは現代語では「レイセイ」を語義(1)で使っていることを考え併せると、語義(2)が近代中国語からもたらされた可能性を示すという意味合いをもつ。しかし、それはすぐにはわからないことのように思う。『唐話纂要』を「補注」に置いた、その心を説明していただけると親切であろう。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。