『日本国語大辞典』をよむ

第89回 豆の名前

筆者:
2021年12月26日

うずらまめ【鶉豆】〔名〕インゲンマメの栽培品種。晩生つる性。花は桃色。さやは淡緑色に褐色の斑点がある。種子に、淡褐色地に赤褐色の斑点があるので、この名がある。煮豆、甘納豆などに用いる。うずらいんげん。*大和本草〔1709〕四「大豆〈略〉うづら豆。黒大豆より少大にして円し。まはりは黒くして両方にうづらの文あり」

「ウズラマメ」は種子すなわち豆に、「淡褐色地に赤褐色の斑点がある」から「ウズラマメ」と呼ぶという説明がされている。そこまでいわなくても、ということだろうが、上の説明の先頭に「ウズラのように」とあると丁寧なのではないか、と思ったりもする。しかしとにかく、豆の模様がウズラのようだから、「ウズラマメ」と名づけたということだ。

ひよこまめ【雛豆】〔名〕マメ科の一年草。地中海沿岸原産で、インドなどの熱帯地方で栽培されている。半つる性で、高さ六〇センチメートルほどにのびる。葉は九~一五個の小葉からなる羽状複葉。花は小形の蝶形花で白色。種子はしわがあり白く球形だが一端がとがる。種子を食用とする。種子がひよこの頭に似た形をしているところからこの名がある。エジプト豆。学名はCicer arietinum

学名の「Cicer」はひよこ豆を指すラテン語で、種小名の「arietinum」は「雄羊のような」という語義で、豆の形を羊に見立てたものとのことだ。『日本国語大辞典』は「ひよこまめ」の使用例を示していない。こういう語の使用例はいかにも見つけるのが難しそうだ。羊なのか、ひよこの頭なのかは、ともかくとして、ひよこ豆は豆の形に由来した名づけということになる。

きんときまめ【金時豆】〔名〕インゲンマメの栽培品種。豆は赤紫色で、甘納豆、煮豆に用いられる。金時。

さて、金時豆は? 

さかたのきんとき【坂田金時】「今昔物語集」巻六第二話、「古今著聞集」巻九などに登場する武士。酒田とも、また、公時とも書く。幼名金太郎。源頼光の四天王の一人で、実在の人物ともいう。後世の御伽草子や伝承では山姥の子となっている。相模国足柄山で育った怪童で頼光に見出され大江山の酒呑童子の征伐などに加わったという。童児姿は五月人形の題材になる。歌舞伎では怪童丸。きんとき。

きんときの火事見舞(かじみまい)(顔の赤い金時が火事見舞に行ったら、ますます赤くなるというところから)顔の非常に赤いことのたとえ。金時の醤油煮(だ)き。

きんときの醤油煮(しょうゆだ)き(顔の赤い金時を醤油で煮たら、ますます赤くなるというところから)「きんとき(金時)の火事見舞」に同じ。

つまり、坂田金時は顔が赤い、ということになっていた。そのことから赤いモノに「金時」を冠することがあった。「きんときだい(金時鯛)」は体色が「鮮紅色」のタイであるし、「きんときとんぼ(金時蜻蛉)」はアカトンボのことであるし、「きんときささげ(金時豇豆)」は「ササゲの栽培品種。種子は扁楕円形で濃紅色を帯び光沢がある」ということになる。ここまでわかると「きんときまめ」も豆の色が赤紫色であることによる名づけであることがわかる。ひとひねりあるが、やはり豆の色による名づけということになる。

『日本国語大辞典』は「キドニービーンズ」を見出しにしていない。料理が好きな方は、チリコンカンやチリビーンズに使う豆といえばおわかりになるだろう。あれが「キドニービーンズ(kidney beans)」だ。キドニービーンズと金時豆はまったく同じ豆ではないが、まあだいたい同じとみておくことにしよう。「キドニー(kidney)」は腎臓だ。こちらは形による名づけということになる。

豆の模様に注目するか、色か、形か、そこに「名づけの発想」があり、言語圏によってそれが異なる。それがおもしろい。『日本国語大辞典』は動植物名も見出しにしている。百科事典であれば、当該動植物の生物学上の特徴を記し、学名をあげておけばよい。最近の百科事典では、動物の鳴き声やカラー写真がインターネット上で確認できたり、DVDが附録されていたりする。しかし、『日本国語大辞典』は言語辞書といってよい。そのことからすれば、見出し「きんときまめ」の語釈に、「顔が赤いとされていた坂田金時に由来して名づけられた」とあってほしい。

さて、坂田公時を話題にしたついでに、「きんぴらごぼう」の語釈をみてみよう。『日本国語大辞典』の見出し「きんぴらごぼう」の語釈には「料理の一種。ゴボウを細くきざんで油でいため、砂糖、しょうゆ、酒などを入れていりつけ、唐辛子で辛味をきかしたもの。この料理のゴボウが堅くてからいことを、金平浄瑠璃の主人公坂田金平の強さになぞらえて名づけたもの。きんぴら」と記されている。坂田金平は、金時の子だ。江戸時代頃であればよく知られていたと思われる坂田金時も坂田金平(きんぴら)も、遠い人物になりつつあるのかもしれない。明治が遠くなるならば、江戸はもっと遠い。だからこそ、言語辞書が記しとどめておく必要もある。今回は豆から始まってキンピラで終わった。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。