ふだん見かけたり、耳にしたりする外来語で、どのような語義で使われているかは文脈などからだいたい推測できるが、原語まではわからないという語がある。特に省略されている語形の場合、辞書によって「そういう語だったのか」と確認できることが少なくない。
アジプロ〔名〕({洋語}「アジテーション」の略「アジ」に、「プロパガンダ」の略「プロ」が付いた語)労働運動における扇動的宣伝。また、扇動と宣伝。*芸術運動に於ける前衛性と大衆性〔1929〕〈勝本清一郎〉「芸術作品の大衆化と、芸術作品でない『大衆の直接的アヂ・プロのための作品』の製作とは、区別されてゐるのだ」*刻々〔1933〕〈宮本百合子〉二「ブルジョア選挙のバクロと階級的候補者支持、選挙をどう闘ふべきかといふことのアヂプロを行った」
現代は「アジプロ」という語を使う場面そのものが少ないだろうが、「agitation」(=強い調子の文章や演説などによって人々の気持ちを煽ること・扇動)+「propaganda」(=政治的意図を持つ宣伝)で「アジプロ」ということだ。三省堂の「ことばのコラム」「10分でわかるカタカナ語」の第48回「プロパガンダ」で「アジテーション」と「プロパガンダ」が詳しく説明されている。『日本国語大辞典』があげている使用例はいずれも「アジ」ではなく「アヂ」と書かれている。これは「agitation」という原語の綴り「agi」が意識されているのだろう。インターネットで調べてみると、「アジテーション」は認知症に起因する興奮状態をあらわす医学用語としても使われていることがわかる。『日本国語大辞典』には次のようにある。
アジテーション〔名〕({英}agitation )激しい調子の演説や文章などによって、多くの人の感情に訴え、人びとを自分の意図する行動にかりたてようとすること。扇動。アジ。*アルス新語辞典〔1930〕〈桃井鶴夫〉「アジテーション 英 agitation 煽動又は煽動すること」*愛の渇き〔1950〕〈三島由紀夫〉三「悦子さんの味方としてアドヴァイスしたいんだけどね、むしろアジテイションかな」*自由の彼方で〔1953~54〕〈椎名麟三〉三「組織の拡大とアジテーションの積極化であった」
あげられている使用例は1930年のものから始まり、1950年代のものまでであるので、いわば70年前までの「アジテーション」ということになる。そのことからすれば当然といってもよいが、医学用語としての「アジテーション」については記述がない。「外来語のその後」についての記述を体系的に補強するということはあってもよいように思う。
「アジプロ」の項目を読んでいて「そういえば演劇などで使う「ゲネプロ」という語があったな」と思った。「ゲネプロ」はいかにも省略語形的にみえる。『日本国語大辞典』には次のようにある。
ゲネプロ〔名〕({ドイツ}Generalprobe (「総稽古」の意)から)演劇、オペラ、バレエなどで、初日の前に本番通りに行なうリハーサルのこと。
「ゲネプロ」はドイツ語の「Generalprobe」(ゲネラールプローベ)の略称ということだ。ドイツ語の「General」には「総合」、「Probe」には「試験」「検証」という語義があるので、「Generalprobe」はいわば「総合検証」ということになる。同じ「プロ」でも、「アジプロ」の「プロ」はラテン語「プロパガンダ(propaganda)」の「プロ」で、「ゲネプロ」の「プロ」はドイツ語「ゲネラールプローベ(Generalprobe)」の「プロ」で、そもそももとになっている言語が異なる。こうなると、「~プロ」を調べてみたくなる。こういう時に、オンライン版の「後方一致」検索は便利だ。範囲を「見出し」にして、「条件」を「後方一致」にして検索をすると、「~プロ」という見出しがヒットする。
たとえば、「職業的、専門的でないこと。特に野球で、プロ野球以外の実業団所属のチームや選手についていう」という語義の「ノンプロ(nonprofessional)」もあれば、「大量生産」という語義の「マスプロダクション(mass production)」の省略語形である「マスプロ」もある。 また「ワードプロセッサー(word processor)」の省略語形である「ワープロ」も少し前まではよく使われた語といってよい。こういう語を検索してどうするのか? と質問されるかもしれないが、単純におもしろいという気持ちがある。いろいろな外国語を、日本語の語彙体系にあったかたちに変えながらとりこむという日本語の「いきかた」がこういうところにもあらわれていると思う。ラップ好きの人だったら、「アジプロ、ゲネプロ、ひとっ風呂」などと韻をふんだフレーズを作るのも一興かもしれない。それにしてもできがわるいですね。