『日本国語大辞典』をよむ

第98回 「こなす」あれこれ

筆者:
2022年9月25日

『日本国語大辞典』の見出し「あきごや」は次のように記されている。

あきごや【秋小屋】〔名〕取り入れた稲を脱穀するための小屋。こなし屋。こなしべや。 方言《あきごや》岐阜県飛騨502

いたってさっぱりとした項目であるが、「取り入れた稲」とあるが、「アキゴヤ」の「アキ」が「秋」であるのならば、「秋に取り入れた稲」という語釈の方がいいのではないかなどと思いながら、しかし「脱穀するための小屋」がなぜ「こなし屋」「こなしべや」なのだろうと思い、それぞれの見出しを調べてみた。

こなしや【熟屋】〔名〕「こなしべや(熟部屋)」に同じ。*俳諧・句兄弟〔1694〕下「こなし屋に子共等寒し稲莚〈横几〉」 方言(1)穀物を置いたり調製したりする仕事部屋。《こなしや》埼玉県秩父郡251 岡山市762 高知県長岡郡869 (2)刈り上げたものを家へ取り込むまで、仮に入れておく小屋。穂のままの麦を入れたりする納屋。《こなしや》香川県三豊郡054 (3)農家の納屋。《こなしや》徳島県811 愛媛県840

こなしべや【熟部屋】〔名〕穀物を脱穀、精製したりする作業所。こなし屋。こなし小屋。秋小屋。*開化の入口〔1873~74〕〈横河秋濤〉上「茅葺の門長屋、広庭の植ごみ、こなし部屋から牛部屋の景況」 方言(1)穀物を置いたり調製したりする仕事部屋。《こなしべや》福井県大飯郡447 愛知県北設楽郡054 滋賀県蒲生郡612 大阪府南河内郡644 広島県高田郡779 《こないべや》神奈川県三浦郡040 (2)刈り上げたものを家へ取り込むまで、仮に入れておく小屋。穂のままの麦を入れたりする納屋。《こなしべや》愛媛県大三島848 (3)農家の納屋。《こなしべや》長野県下水内郡470 滋賀県伊香郡608 彦根609 奈良県吉野郡683 愛媛県840

ここまで調べて、「アキゴヤ(秋小屋)」「コナシヤ(熟屋)」「コナシベヤ(熟部屋)」「コナシゴヤ(熟小屋)」がほぼ同義であることがわかった。そしてその空間は「穀物を脱穀、精製したりする作業」のためのものであることもわかった。そこまでわかると、今度は「コナシ」と「熟」との結びつきが気になる。まず「コナス」を調べる。語義について考えたいので、使用例と方言の地域を省く。

こなす【熟】〔他サ五(四)〕〔一〕形あるものを細分する。粒状、また粉状にする。(1)細かくする。砕いて細かくする。粉砕する。(2)土などを耕しならす。土を掘り起こして砕き細かくする。(3)稲、麦、豆などの穀類を穂から落として粒にする。脱穀する。(4)食物を消化する。〔二〕上位に立って他を思いのままに扱う。(1)思いのままに自由に扱う。与えられた仕事、問題をうまく処理する。(2)思うままに処分する。片づける。征服する。(3)見くだす。軽蔑する。軽く扱う。(4)いじめる。ひどい目にあわせる。苦しめる。〔三〕補助動詞として用いる。他の動詞に付いて、その動作を要領よく、巧みにする意を添える。うまく…する。 方言(1)小さく砕く。細かくする。(2)粉にする。(3)田畑の土を細かく砕く。耕す。(4)塊になった飯をしゃもじでほぐす。(5)稲や麦などを脱穀する。(6)豆などのさやをたたいて実を取る。(7)麦わらを柔らかくする。(8)薪(まき)などを適当に切る。(9)木を切る。(10)薄く切る。(11)茶を再製する。(12)収穫の仕事をする。(13)土を掘り上げる。(14)処理する。さばく。始末をつける。(15)殺す。(16)相撲などで人を倒す。(17)踏みつける。踏み荒らす。(18)苦しめる。いじめる。(19)懲らしめる。(20)しかる。(21)怒る。(22)侮る。見下す。(23)悪く言う。けなす。(24)いじる。もてあそぶ。(25)女をもてあそぶ。なぶる。(26)子どもをからかう。(27)(受身の形で)修養を積む。鍛錬を経る。(以下略)

「コナス」の語義〔一〕はおもに農業に関しての具体的な作業で、〈粒状、粉状にする・粉砕する〉ということで、それが土に対しての作業であれば語義(2)、穀類に対しての作業であれば語義(3)ということだろう。「方言」ではさらにその具体的な作業があげられている。語義〔二〕は語義〔一〕から転じたものであろうが、直接的な結びつきがあまりみえてこない。語義〔二〕の(1)から(2)、(2)から(3)(4)に転じていったことはわかりやすい。

現代日本語では、語義〔三〕にあたる補助動詞としての用法を目にすることが多いかもしれない。「パソコンをうまく使いこなす」の「使いこなす」のような用法だ。稿者は「ガンバル」という語をあまり使いたくないので、「仕事をガンバル」ではなくて「仕事をうまくこなしていく」と表現することがある。この用法が頭にあったために、「コナシヤ」「コナシベヤ」の「コナス」がぴんとこなかった。

さてわからないことが一つ。『日本国語大辞典』は「こなす」に「熟」をあてている。しかし、見出し「こなす」の「表記」欄には「熟」がみあたらない。「熟」の字義が和語「コナス」の語義と対応しているのであれば、それでもかまわないのであるが、『大漢和辞典』を調べてみても、和語「コナス」の語義と「熟」の字義とは重なり合いが認めにくい。

『日本国語大辞典』が「こなす」の使用例の最初に掲げている『日本書紀』巻第十九、欽明天皇五年十二月の「嶋東禹武邑人採拾椎子為欲熟喫、著灰裏炮。其皮甲化成二人、飛騰火上」の「熟喫」に南北朝期北野本訓が「こなしはまむ」であることが根拠となっているのであろうか。「熟」には〈煮て生の気をなくす〉という字義がある。ここは水分をなくして食べようとして、灰の裏なかに著けて炮った、するとその椎の皮が二人の人間になって、火の上に一尺あまり飛び上がったということではないだろうか。「熟」が「コナス」すなわち〈粉砕する〉ということであると、皮も粉々になっていて、二人の人間に成ることはできないのではないか。「よむ」→「わからないことに遭遇」→「調べる」。これが辞書を「よむ」おもしろさだろう。自分で自分にクイズを出しているようなものかもしれない。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。