『三省堂国語辞典』の編集委員として、その魅力を多くの人に知ってもらおうと書き始めた文章が、もう100回になりました。これを潮に、この連載を終えることにします。
『三国』の魅力は、これまで書いただけではとうてい尽くせず、全部で8万回ぐらいは書き続けられるかもしれません。『三国』には約8万のことばがあるからです。でも、あまり書いては、読者自身が『三国』から発見する楽しみを奪ってしまいます。私の案内は、やはりこのへんでとどめておきましょう。
しめくくりに、私が考える『三国』の長所を、もう一度まとめてみます。
まず、『三国』は、新しいことばを積極的に取り入れています。これは、新語辞典の項目をそのままちょうだいするという意味ではありません。たとえば「インカム」は、新語辞典では「収入」(income)しか載っていませんが、『三国』では、テレビのディレクターなどがつけている通信機(intercom)のことも載っています。
また、世間でよく使われるのに辞書に載っていなかったことばを、ていねいに拾っています。たとえば「薄掛け」(毛布)は、スーパーのちらしでも見かけますが、『三国』のほかに載せている辞書はあまりないはずです。
あるいは、意味の変化を見逃しません。たとえば「追記」には、〈DVDなどにデータを追加して記録すること〉という新しい意味が生まれています。『三国』では、このような新しい意味を、ブランチの2や3などとして示しています。
ことばの説明にあたっては、簡単な用語で、短く、分かりやすくまとめています。これを、私は「シンプルな似顔絵」と表現しました。くわしい肖像画よりも、さっと描いた似顔絵の方が実物に迫る場合があることは、何度か強調したところです。
これらの長所は、かつての主幹、見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)以来の実証主義に支えられています。つまり、現代語の実例を、新聞・雑誌・テレビなどから数多く採集し、それを紙面に色濃く反映させるというのが、『三国』の方針です。
今回の『三国 第六版』は、こうした従来の方針を受け継ぎ、より徹底させようと努めました。古い『三国』をご愛用の方には、ぜひ、この機会に最新版をお使いになることをお勧めします。『三国』は進化しています。これからも進化し続けることでしょう。
★新年から、「国語辞典の選び方」についての新しい連載を始めます。こちらもどうぞご期待ください。