三省堂国語辞典のすすめ

その49 しける・しめる・ぬれる。違いを簡潔に。

筆者:
2009年1月7日

辞書を引きたくなるときというのは、むずかしいことばを知りたいときばかりではありません。ごく簡単なことばの意味を知るために辞書が必要になることもあります。

いつぞや、「パソコンを利用して文章を作成する」と書きかけて、待てよ、「使用して」のほうがいいかな、と迷ったことがあります。『三省堂国語辞典』で確かめると、「使用」は単に〈使うこと。〉とあり、「利用」は〈役立たせて うまく使うこと。〉とあります。してみると、特に何の含みもない場合には「使用して」がよさそうです。辞書は、このように、だれでも知っているようなことばについても、手を抜かずに説明すべきです。

『三国』の主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、ことばの説明をできるだけ簡潔に書くことを目指していました。子どもが読んでも、ぱっと分かるようにするためです。ただ、旧版の『三国』では、簡潔を期するあまり、そのことばの本質的な意味や、ほかの似たことばとの違いがよく分からない場合もありました。

たとえば、「せんべいがしける」という場合の「しける」の意味について、旧版では「しっける」の項目に〈水分をふくむようになる。〉と記しています。また、「湿(しめ)る」については〈水気(ミズケ)を おびる。〉としています。「しける」と「湿る」の違いがよく分かりません。さらには、「濡(ぬ)れる」との違いも分かりません。

【しけたせんべい】
【しけたせんべい】

今回の第六版では、「しける」を〈水分をふくんで、だめになる。〉と説明しました。水分を含んだ「しっとりクッキー」は、しけているわけではありません。「しける」は、いい場合には使いません。そのことを、〈だめになる〉という5文字で表現しました。

一方、「湿る」は、〈さわると わかるくらいの水気(ミズケ)を おびる。〉としました。「湿る」の場合、水滴がしたたり落ちたりすることはありません。洗濯物が湿ってるかどうかは、手で触って判断します。〈さわると わかるくらい〉という説明が必要です。

【湿った洗濯物】
【湿った洗濯物】

ちなみに、「濡れる」は〈水が かかったりして、水気(ミズケ)を持つ。〉で、これは旧版のとおりです。

【ぬれたふとん】
【ぬれたふとん】

ことばの意味の特徴をくわしく説明しようとすれば、だらだらと長くなりがちです。そうなってしまっては、『三国』らしくありません。『三国』では、似たことばの意味の違いをうまく説明し、しかも簡潔に書くという、二兎(にと)を同時に求めたいと考えます。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。