「顔が広い」「目に入れても痛くない」など、『三省堂国語辞典 第六版』には約4000の慣用句が入っています。「慣用」というからには昔から使われているようですが、新しい慣用句もあります。また、あまりにもなじみすぎているせいか、これまでの辞書に漏れていた慣用句もあります。『三国』では、そうした慣用句の発見に努めています。
変わったところでは、「赤くなる」という慣用句が載っています(1982年の第三版から)。こんなものが載るなら、「白くなる」「高くなる」など、何でも載せてよさそうですが、「赤くなる」は、特に恥ずかしいときの顔色について言うので、慣用句と認められます。「青くなる」も、おそれたり心配したりしたときに使う慣用句です。これらを載せたのは『三国』が最初ではありませんが、今出ている国語辞典の中では早いほうでしょう。
今回の第六版でも、慣用句を増補しました。たとえば、「どの口が(で)言うのか」ということばは、まだ載せている辞書はあまりないはずです。こんなふうに使われます。
〈〔自分は自信がないくせに〕「私がついてます」って、どの口が言えたんでしょうか。〉(NHK「連続テレビ小説・ちりとてちん」2007.10.26 8:15)。
言いかえれば、「よくもずうずうしく言うものだ」ということです。この言い方は古く、尾崎紅葉『続金色夜叉』(1902年)にも、〈「間さん、貴方はその訳を御存無いと有仰るのですか、どの口で有仰るのですか」〉と出てきますから、辞書に載ってもいいことばです。
あるいは、「足で書く」(歩きまわって調べたことをもとに文章を書く)ということばもおもしろいと思うのですが、辞書にはあまり見えません。これも、今回の版に収録しました。『三国』の編集主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)も使っています。
〈「日本語の現場」という続きものは足で書いた、いい企画記事だと思います。(『辞書と日本語』玉川大学出版部 1977 p.137)
国立国語研究所の「『太陽』コーパス」では、1925年の記事に〈僕の紀行文だけは、これでほんたうに足で書くつもりで、〉とありますから、やはり古い言い方のようです。
最近よく使われる慣用句には、「空気を読む」などがあります。第六版では、「読む」の用例に「その場の空気を読む」を加えましたが、項目に立ててもよかったかもしれません。次の版で候補になりそうな新しい慣用句は、手元にけっこう集まっています。