単純未来形の活用形を見ていると、あるものに似ていることに気づきませんか? 今回は、単純未来形を習ったばかりの学生さんとその成り立ちから類似の謎を解き明かしていきます。
学生:先生、今日のフランス語の授業では、単純未来形を教わりましたよ。
先生:いいね、これで表現の幅が広がるじゃない。ちゃんと活用形も覚えたかな?
学生:はい、活用はもうバッチリです。
je chanterai | 私は歌うだろう | nous chanterons | 私たちは歌うだろう |
tu chanteras | きみは歌うだろう | vous chanterez | あなた(たち)は歌うだろう |
il chantera | 彼は歌うだろう | ils chanteront | 彼らは歌うだろう |
elle chantera | 彼女は歌うだろう | elles chanteront | 彼女らは歌うだろう |
先生:うんうん、よくできているね。ちなみに、この単純未来形の語幹と語尾は、どれかわかる?
学生:語幹は不定詞(動詞の原形)から r を取り除いたもので、語尾は全て次のように共通ですよね。
je chanterai | 私は歌うだろう | nous chanterons | 私たちは歌うだろう |
tu chanteras | きみは歌うだろう | vous chanterez | あなた(たち)は歌うだろう |
il chantera | 彼は歌うだろう | ils chanteront | 彼らは歌うだろう |
elle chantera | 彼女は歌うだろう | elles chanteront | 彼女らは歌うだろう |
もちろん、être や avoir などの特殊な語幹を持つ動詞もありますが、-er 動詞や -ir 動詞の大部分は不定詞から -r や -re を取り除いたものといえるのではないでしょうか。でも、それがどうかしたんですか?
先生:確かに、教科書を見てみると、単純未来形の活用の語幹は「不定詞から -r や -re を取り除いたもの」と説明されていたりするよね。また、活用形の作り方として「不定詞に単純未来形の語尾をつける」という説明もあったりする。ただ、ちょっと見方を変えてみると、なかなかに面白い事実が浮かび上がってくるんだよ。
学生:何ですか、それ! 気になります! 教えて下さい!
先生:まぁ、落ち着いて(笑)。それじゃあ、改めて単純未来形の活用表を見てみよう。今度はコチラで少し手を加えたものを見せるから、じっくり観察してみてほしいな。
je chanterai | 私は歌うだろう | nous chanterons | 私たちは歌うだろう |
tu chanteras | きみは歌うだろう | vous chanterez | あなた(たち)は歌うだろう |
il chantera | 彼は歌うだろう | ils chanteront | 彼らは歌うだろう |
elle chantera | 彼女は歌うだろう | elles chanteront | 彼女らは歌うだろう |
学生:えっと……あれ? この赤字になっているところって、なんだか直説法現在形で活用された avoir の形に似てますね。
j’ai | 私は持つ | nous avons | 私たちは持つ |
tu as | きみは持つ | vous avez | あなた(たち)は持つ |
il a | 彼は持つ | ils ont | 彼らは持つ |
elle a | 彼女は持つ | elles ont | 彼女らは持つ |
先生:良い所に気づいたね。実は、単純未来形の活用形は、不定詞に avoir の直説法現在形の活用が後置されて作られたものなんだよ[注1]。
学生:ええっ、そうなんですか!? 初めて知りました……どうしてこのような形になったのでしょう?
先生:話は古典ラテン語の時代にまで遡るんだけど、古典ラテン語で habere(フランス語のavoir) と不定詞の組み合わせの言い回しがあって、「するべき~を持っている」という義務の意味を表していたんだ[注2]。それが後の俗ラテン語の時代に「するべき~を持っている」→「これから~をすることになる」という意味も表すようになり、フランス語の未来形につながったみたいなんだよ。
学生:現代フランス語でも、avoir à + 不定詞の組み合わせが「~しなければならない」という意味になりますもんね。ちなみに、【不定詞 + avoir】の組み合わせが未来を表す形で用いられるようになったのは、いつごろのことなのでしょうか?
先生:では、それを説明するために、フランス語の歴史を紐解いてみることにしようか。単純未来形の成立に目を向けてみると、フランス語最古の文献とされている『ストラスブールの宣誓』Serments de Strasbourg(842年)の時点で、すでに単純未来形が登場しているんだよ[注3]。
Pro Deo amur et pro christian poblo et nostro commun salvament, d’ist di in avant, in quant Deus savir et podir me dunat, si salvarai eo cist meon fradre Karlo et in ajudha et in cadhuna cosa, si cum om per dreit son fradra salvar dift, in o quid il mi altresi fazet, et ab Ludher nul plaid numquam prindrai qui, meon vol, cist meon fradre Karle in damno sit.
神の愛にかけて、そしてキリスト教徒の救いにかけて、またわれわれの共通の救いにかけて、この日から後、神が私に知恵と力を与える限りにおいて、私はこの私の弟シャルルを助力においてもあらゆることにおいても助けよう。人が自らの兄弟を当然のこととして助けなければならないように。彼が私のために同じことをするという条件で。そして私は、私の同意によって、この私の弟シャルルに害となるようないかなる取り決めもロテールと決して行なわない。
学生:以前教えて下さった、軍事・外交上のテクストですよね[注4]。
先生:そうそう、よく覚えているね。この本文に登場する単純未来形は、salvarai と prindrai の2つがあるよ。あえて現代フランス語に置き換えてみると、salvarai は sauver + ai(古羅:salvare + habeo)の組み合わせになるし、prindrai は prendre + ai(古羅:prendere + habeo)になるかな。これを踏まえると、【不定詞 + avoir】の組み合わせは「842年よりも前の時代から未来を示す形として用いられていた」と考えるのが妥当だよね。そうすると気になるのは、単純未来形の【不定詞 + avoir】の形態は、一体いつごろ発生したのかということだ。
学生:はい、そこが気になります。
先生:【不定詞 + avoir】の形態が初めて確認できるのは、7世紀に書かれた『偽フレデガリウス年代記』に登場する、皇帝ユスティニアヌスの台詞 « Daras » だといわれているんだ。どうやら彼のせりふは、様々な論文や研究書で「ロマンス系言語における単純未来形の初出例」として取り上げられる有名な一文みたいだね[注5]。彼はペルシャの王との間の領地争いにおいて、次のように発言しているよ[注6]。
Et ille respondebat. « Non dabo ». そして、彼(ペルシャ王)は答えた。「私は提供せぬ」と。
Iustinianus dicebat. « Daras ». ユスティニアヌスは言った。「提供せよ」と。
ユスティニアヌス帝が口にしている « Daras » は、古典ラテン語の不定詞 dare(与える)と habeo(持つ)の直説法現在の活用形 habes > -as が合体した形なんだ。
学生:現代フランス語でいう tu donneras って感じですかね。
先生:【不定詞 + avoir】という点では、構造的に同じだといえるね。ただ、この文脈にはペルシャ王が口にした古典ラテン語の未来形 « dabo » とロマンス系言語の単純未来形 « daras » が同時に登場しているものの、どうやらそれぞれが全く同じ意味を表しているというわけではないらしいんだ[注7]。« dabo » の方は当然ながら「提供しないだろう」と未来形で解釈することが可能なんだけど、« daras » の方は「提供しなければならない」という義務を表している。avoir à + 不定詞のような「するべき dare を持っている」ということだね。
学生:ユスティニアヌス帝のせりふは、形はフランス語の未来形を連想させるものの、意味は未来のことを指していないということですか……
先生:もう1つ、フランス語の未来形の形成を考えるうえで興味深い事例を紹介しておこうかな。『偽フレデガリウス年代記』よりも後の797年に、ブリタニア(グレートブリテン島南部)出身の神学者アルクイヌス Alcuinus(730頃-804)が書いたテクストに次のようなものがあるんだ[注8]。
Timeo quod Ardulfus rex noster cito regnum perdere habeat.
Ardulfus 王は、まもなく我らが王国を失うのではないか。
古典ラテン語の不定詞 perdere(失う)と habeo(持つ)の接続法の活用形 habeat が並記されている。つまり、2語に分かれてはいるけれど、実質的には【不定詞 + avoir】の組み合わせになっているんだ。そして、この文においては、先に紹介したユスティニアヌス帝のような義務の意味を表しているのではなく、「これから perdere をすることになる」=「これから失うことになる」という未来の意味を表しているようなんだ(迂言的未来形)。『ストラスブールの宣誓』から遡ること45年前の文章だけど、【不定詞 + avoir】が融合しているかたちではないけれど、「分離」した状態であってもこの組み合わせが単純未来形として機能していたことがわかるという興味深い例なんだよ。
学生:ユスティニアヌス帝の事例では【不定詞 + habere】の組み合わせが1語で義務の意味でしたが、アルクイヌスの事例では【不定詞 + habere】の組み合わせが2語で未来の意味なのですね。
先生:そういうこと。ちなみに、単純未来形の【不定詞 + avoir】の形ができるのは、ラテン語では perdere habeat のように動詞が文の末尾に置かれたり、助動詞が過去分詞などに後置されたりしたことに起因すると推察できるよ。
学生:推察とはいえ、その説明があると【不定詞 + avoir】の形ができた理由がしっくりきますね。単純未来形1つとっても、様々な歴史が背景にあって面白いです!
[注]