歴史で謎解き!フランス語文法

第21回 語末の子音字を発音したり、しなかったりするのはなぜ?

2021年1月15日

フランス語は綴り字と発音がほとんど一致していて、例外もわずかです。そのため、すぐに発音ができるように……と思いきや、語末の子音は発音したりしなかったり、なかなか大変です。どうしてそんなことになってしまったのでしょうか? 今回も、フランス語の歴史から謎を解いていきます。

 

学生:先生、フランス語の綴り字の読み方についての質問があるのですが。

 

先生:どんな質問かな?

 

学生:フランス語では語の最後の子音字は発音されないことが多いですよね?

 

先生:そうだね。ただ後ろに母音で始まる語が続くと、その母音と結びついて、単独では発音されない語末の子音字が発音されることもあるんだけど。この現象はどう言うんだっけ?

 

学生:リエゾンですね。そもそも発音しない文字がわざわざ書かれているのが不思議なんですが。

 

先生:今のフランス語の綴りはおおむね12世紀頃のフランス語の発音を反映していて、語末の子音字もかつては発音されていたんだ。それが時代が下ると発音されなくなったんだね[注1]

 

学生:でも語末の子音字を発音する単語もありますよね。例えばsac [sak]「かばん」やmer [mɛːr]「海」、chef [ʃɛf]「長」、péril [peril]「危険」とか。

 

先生:うん、英語の « careful » に含まれる子音字が語末にある場合は、発音されることが多いと私も授業で学生には言っているね。ただ語末が c, r, f, l なら、必ず発音するというわけではないんだけど。tabac [taba]「たばこ」、cahier [kaje]「ノート」、clef [kle]「鍵」、fusil [fyzi]「銃」など発音しない単語もあるからね。

 

学生:août [u(t)]「8月」や fait [fɛ(t)]「事実」では、語末子音字は発音されたり、発音されなかったりするみたいですね。

 

先生:確かにやっかいだよね。語末子音字を発音してもいいし、発音しなくてもいい、という単語も他にもけっこうあるよ。ananas [anana(s)]「パイナップル」、but [by(t)]「目的」、exact [ɛgza(kt)]「正確な」、nombril [nɔ̃bri(l)]「へそ」とか。

 

学生:なぜフランス語の語末子音字は発音されたり、発音されなかったりするのでしょうか? いっそのことどちらかに統一してもらったほうがありがたいんですけど(笑)。

 

先生:語末子音の混乱の原因は人為的なものなんだよ。

 

学生:「人為的」ってどういうことですか?

 

先生:中世にはフランス語はいわば野放しの状態で自然に変化していったんだけど、16世紀になると文法家という人たちが現れてフランス語のありかたについて注文をつけるようになる。言語の自然な変化ではなくて、文法家の介入によってフランス語が変化するということが起こるようになるんだよ。

 

学生:文法家たちは語末子音の発音をどうすべきだと言っていたのですか?

 

先生:まず、16世紀以前の語末子音の発音上の扱いについて確認しておくことにしよう[注2]。13世紀頃から語末子音は発音されなくなっていたんだけど、語末子音の後ろに母音で始まる単語が続くときは、語末子音は発音されていた。

 

学生:それは今のフランス語のリエゾンと同じですよね。。

 

先生:そうだね。ただ16世紀以前はあらゆる語末子音が例外なく発音されていなかったことが現代フランス語と違うところだね。もうひとつ、語末子音が発音される場合があって、語末子音が文の最後にあるとき、すなわち意味的に区切れになる位置にあって、後ろに休止(ポーズ)が置かれるような場合には、その語末子音は発音されていたんだ。

 

学生:これは今のフランス語にはないルールですね。

 

先生:うん、そうだね。でも数詞の読み方にはこの古いフランス語のルールの名残があるよ。例えば数字の8で言うと、Il a huit ans.「彼は8歳」のように後ろに母音ではじまる単語が続くリエゾンのときだけでなく、huitが数詞として単独で使われたりするときや、Ils sont huit.「彼らは8人だ」のように文の最後にあるときには、語末の -t は発音されるよね。それに対してhuitの後に子音ではじまる単語が続くとき、たとえば huit personnes「8人の人」や huit cents「800」では最後の -t は発音されない。

 

学生:あ、そう言われればそうですね。cinq, six, dix でもそうなりますね。

 

先生:話を戻そう。16世紀までは「後ろに母音で始まる単語が続く」、「後ろに休止が置かれる」というふたつの場合を除いて、語末子音が発音されることはなかったんだ。ところがフランス語の単語の語源となるラテン語にも通暁していた文法家たちの多くは、フランス語でも語末の子音字を発音することを推奨したんだ。

 

学生:それで当時の人たちは文法家の言うことにしたがって語末子音字を発音するようになったのですか?

 

先生:そうだったら現在のフランス語のような混乱は生じなかったんだけどね。文法家のあいだでも意見の相違があったり、語末子音を発音しないという慣用が維持された語もあったりして、結局、語によって語末子音の発音の扱いは異なるという状況になってしまったんだよ。

 

学生:文法家の介入が中途半端なものだったから、語によって語末子音字を読んだり、読まなかったり、あるいはどちらも許容されたり、という具合になってしまったんですね。私は綴り字としては書いてあるのだから読むほうが合理的だと思うのですが、今のフランス語では語末子音字は読まないことのほうが多いということは、結局は中世からの慣用が支持されたってことなんですね。

 

先生:そういうことになるね。ただ語末子音を発音するかどうかは16世紀以降もかなり不安定なんだ。特に語末の -r の発音は揺れが大きいね。16世紀の文法家は語末の -r はすべて発音することを推奨していたんだけど、現代のフランス語では動詞の不定詞で語尾が -er の場合、語末子音の -r は発音しないよね。でも当時の詩の脚韻から、少なくとも教養ある文人たちのあいだでは16世紀には -er 動詞の語末の -r も発音されていたことが確認できる。例えばクレマン・マロ Clément Marot (1496-1544)は aimer「愛する」と amer「苦い」で韻を踏んでいるし、ロンサール Pierre de Ronsard(1524-1585)は、trouver「見つける」とhiver「冬」で韻を踏んでいる[注3]。でも動詞の多数を占める -er動詞では古くからの慣用が優勢で、結局、語末の -r は発音されなくなってしまったんだね。その一方で不定詞の語尾が -ir や -oir の場合は、文法家が推奨していた語末の -r の発音が維持されたということなんだ。

 

学生:menteur「嘘つき」や demandeur「依頼者」など -eur で終わる語尾の名詞や形容詞の語末の -r は発音されますが、それは16世紀の文法家たちの推奨によって発音されるようになったのですか?

 

先生:そうだね。これらの語の女性形は -euse という変則的な語尾だよね。これにも語末の -r の発音の歴史が関わっているんだ。中世にはmenteur や demandeur にはmenteresse, demanderesseという女性形があったんだ[注4]。でも語末の -r が発音されなくなって当時の人たちはこれらの語は、heureux「幸せな」のように -eux という語尾を持つ語だと考えるようになったんだね。この勘違いから、menteuse や demandeuse という女性形が生まれたんだ。16世紀に menteur, demandeur の語末の -r 音が発音されるようになって、男性形はそれが定着したのだけれど、女性形は男性形の語末の -r が発音されなかった時期に作られた menteuse, demandeuse という形がそのまま定着して、現代フランス語まで引き継がれたんだ[注5]

 

学生:なるほど、文法上の例外となっているようなことのなかには、文法家の中途半端な介入や勘違いの定着など人為的なことが原因となることもあるのですね。

 

[注]

  1. 本コラムの第10回「souvent と chantent の語末の発音が違うのはなぜ?」(2020年1月17日)の注1を参照のこと。なお読まれない文字が綴りに入っているのには、この記事で述べた以外の要因もあり、これについてはまた別の機会に説明したい。
  2. 以下、本稿の語末子音の発音の変遷についての記述は、主に以下の文献の記述に基づく。
    WALTER, Henriette, Le Français dans tous les sens, Paris, Laffont, 1988, p. 110-114.
    GOUGENHEIM, Georges, Grammaire de la langue française du seizième siècle, Paris, Picard, 1974, p. 30-33.
    HUCHON, Mireille, Le français de la Renaissance, Paris, PUF, « Que sais-je », 1988, p. 94-95.
  3. GOUGENHEIM, Georges, Grammaire de la langue française du seizième siècle, p. 29-30.
  4. GOUGENHEIM, Georges, Les Mots français dans l’histoire et dans la vie, Paris, Picard, 1977 (2e éd.), t. I, p. 288. demanderesseは現代フランス語でも法律用語で「原告」の意味の女性形として用いられている。この他にも、宗教用語のpécheur「罪人」の女性形のpécheresse、詩語でchasseur「狩人」の女性形 chasseresseなどが、-eresseという古い女性形の語尾を保持している。
  5. GOUGENHEIM, Ibid.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

フランス語ってムズカシイ? 覚えることがいっぱいあって、文法は必要以上に煩雑……。

「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

毎月第3金曜日に公開。どうぞお楽しみに。