歴史で謎解き!フランス語文法

第10回 souvent と chantent の語末の発音が違うのはなぜ?

2020年1月17日

学生:先生、この文章なんですけど。

Ils chantent souvent cette chanson.

先生:前期に勉強した -er 動詞の練習問題だね。

 

学生:先生は、-er 動詞の活用語尾は、nous と vous 以外は読まない、と教えましたね。je chante とか、tu chantes,il chante の -e とか -es を読まないというのは、最初に習った綴り字の読み方の規則に照らし合わせても納得できるのですが、どうして ils chantent の -ent を読まないんですか? 次に置かれた souvent の -ent は [ɑ̃] になるのに、これは読まないだなんて、複雑で仕方がないですよ。

 

先生:ラテン語が変化して成立したフランス語が、文字にして記録されるようになったのは9世紀に遡るけれど、今のフランス語の綴りは、だいたい12世紀頃の読み方がもとになっている[注1]。文字を読む、読まないとか、母音の組み合わせをこう読むとかいった規則は、その後の音韻変化を反映しているのだよ。

 

生徒:どういうことですか?

 

先生:たとえば、現代フランス語には語末の子音字を読まないというルールがあるよね。そもそも、綴りが定着し始めた頃には語末の子音字が発音されていたから、文字としても書いていたんだ。ところが、時代が下るにつれて語末の子音字は発音されなくなってしまった。同様に、母音字に m, n がついたら鼻母音になるのは、鼻母音でなかったものが鼻母音化したということなんだよ。今は読まれない動詞の活用語尾とか、名詞や形容詞が複数であることを表す -s が残って記されているお陰で、話し言葉では区別できないことが、書き言葉では明確に区別できるようになっているんだ。同音異義語だって同様だ。最初は複雑に思えるかもしれないけれど、歴史を踏まえた正書法があるというのは、むしろよくできたシステムだとは思わないかい?

 

学生:漢字のようなものというわけですね。それはまあ納得です。僕、フランス語好きですから。だけど、今の説明、最初の質問に対する答えになっていないですよ。先生の説明だと、ils chantent と souvent の語末の -ent は12世紀頃には同じように読まれていたことになるはずですが、どうしてその後、読まれなくなったり、鼻母音 [ɑ̃] になったりしたのでしょうか? 僕が知りたいのはそこなんです。

 

先生:どきっ、君、鋭い質問をするね。これは実はね、同じじゃなかったんだよ。

 

生徒:どういうことですか?

 

先生:それを説明するには、これらの言葉の語源に遡らなくてはならない。ils chantent の chantent は、古典ラテン語の cantant に、souvent は、古典ラテン語の subinde にそれぞれ由来する。ラテン語からフランス語への変化をたどる際には、ラテン語でどの音節にアクセントが置かれていたかということが重要なのだけれど、cantant は最初の "can" の音節、subinde は二番目の "bin" の音節にアクセントがある。2世紀から5世紀にかけて俗ラテン語で起こった大きな音韻システムの変化の結果、それぞれ、以下のように変化したと考えられている。下線は、ここにアクセントがあるということだよ。

cantant(古羅)→ cantant(俗羅)

subinde(古羅)→ sovende(俗羅)

学生:cantant はそのままですね。subinde の "b" の文字が "v" になっちゃってますけど。

 

先生:そうだね。[b] の音が [v] になるとか、ラテン語にあった母音の長短の区別がなくなった結果、短い [i] の音が狭い [e] になるというのは、音韻変化の規則に則ったことなのだけれど、話が長くなるから、そのことには今日は触れないでおこう。同じに見える cantant も他の単語と同様に、抑揚のアクセントが強弱のアクセントに変わるという大きな変化を受けているのだけれど、そのことにもね。

 

学生:(綴りをじっと見て)cantant の "ant" と、sovende の "end" のあたりが、フランス語の -ent にあたるということですか? 後者にはアクセントがあるけれど、前者にはない。

 

先生:そこが重要なんだ。じゃあ、まず souvent の方から説明しよう。さっき、ラテン語からフランス語への語形の変化をたどるには、アクセントの位置を把握することが重要だと言ったね。それは、一般的に言って、ラテン語にあった母音の中で、その後の変化を経て最後までフランス語に残ったのは、最初の音節と、アクセントのある音節だけだからなんだ。8世紀頃に、語末の [e] は発音されなくなってしまう。有声子音の [d] も、無声子音の [t] に変化して、sovende sovent に変化する[注2]

 

学生:もうほとんど現代フランス語の souvent と同じですね。

 

先生:この段階では、語末の -ent は、[ent]「エント」と発音されていたけれどね。アクセントのある [en] という音の [e] は、11世紀に鼻母音化して、[ɑ̃] になったと考えられているよ[注3]

 

学生:[e] の音だけですか? [n] の音はどうなったのですか?

 

先生:[n] が取れて、[ɑ̃] という鼻母音だけになるのは、16世紀のことだよ。[t] の音は13世紀以降読まれなくなるから[注4]、-ent は16世紀に今のように [ɑ̃] の発音になったということだね。

 

学生:では、ils chantent の -ent はどうなのですか?

 

先生:ラテン語からフランス語への変化では、一般に、アクセントのない最後の音節では、[a] 以外の音は消えてしまう。例えば、ラテン語の男性名詞の murum(壁)は語尾に [u] の音があるけれど、これを語源とするフランス語 mur の語尾にはこれが残っていない。一方、filiam(娘)のように最後の音節は [a] で終わるものがラテン語の女性名詞には多い。これを語源とする fille の -e は、今は読まないけれど、かつては中舌母音の [ə] の音(口を尖らせないで発音する「ウ」のような音)になって読まれていた。この文字は、その音の名残というわけさ[注5]

 

学生:あ、cantant の "ant" が chantent の -ent になった理由がわかりました。[a] が [ə] になったんですね。

 

先生:そのとおり。ラテン語のアクセントのない最終音節に置かれた [a] が中舌母音の [ə] に変化したのは、6世紀から8世紀のことだ。それが消えるのは17、18世紀のことと考えられているよ[注6]。それまでには、語尾の子音も消えてしまった。三人称複数の -ent の綴りは、これが11世紀の頃には [ənt](ウント)と発音されていたことの名残なんだよ。これはさっき説明した [ent] のように鼻母音にならず、音としては消滅してしまったというわけだ。

 

学生:なるほど、いま同じ綴りになっていても、たどってきた歴史が違うから別の読みになったというわけですね。ところで、実は僕、ラテン語も勉強しているんです。cantant は辞書には canto で載っていて、不定詞が cantare になる第一活用ですよね。でも、例えば他の変化の動詞で、次のようになったのはどうしてでしょうか?

debent(古羅)→ ils doivent(現仏)

dicunt(古羅)→ ils disent(現仏)

*下線はアクセントの場所を示す。

学生:先生はさっき、『アクセントのない最後の音節では、[a] 以外の音は消えてしまう』とおっしゃいましたよね。そのとおりなら、“e" や "u" の母音字が表す音は、12世紀よりも前に消えてしまうので、-ent の "e" は書かれないはずではないでしょうか?

 

先生:確かに、[a] 以外の音は消失してしまうのだけれど、語尾の [nt] を維持するために、[ə] が「支えの母音」として挿入されて、第一群規則動詞と同様に、[ənt] という音になったと考えられている[注7]

 

学生:どうして語尾の [nt] を維持する必要があったのですか?

 

先生:ラテン語もそうだけれど、フランス語の初期の時代は、現代フランス語とは違って、動詞に主語をつける必要はなく、活用語尾で人称を判断していたから、なくさないための努力が働いたということだろうね。三人称複数の語尾の -nt は、ラテン語の規則変化の動詞のあらゆる法・時制に共通するから、現代フランス語の動詞でも、ils sont, ils ont や ils font のような例外を除けば、あらゆる法・時制で動詞の三人称複数の語尾は -ent になる。活用表で確認してごらん。

 

学生:なるほど、言葉の歴史を知っていれば、文法も納得しながら勉強できるというわけですね。

[注]

  1. ドーザ『フランス語の特質』杉富士雄他訳、大修館書店、1982年、55-56頁では、「現行のフランス語綴字法は、全体として、フィリップ・オーギュスト Philippe Auguste時代(12世紀末−13世紀初め)の発音にほぼ対応している」とあるが、本稿にも出てくるように、アクセントのある [en] という音の [e] が、11世紀に鼻母音化して、[ɑ̃] になるというようなこともある。多くの歴史音声学の入門書では、この件に関しては断言を避けているように見える。ここで先生は、便宜的に12世紀と言っているものと理解してもらいたい。
  2. Henri Bonnard, Synopsis de phonétique historique, Paris, SEDES, 1982, p. 14, 29.
  3. Ibid., p. 18.
  4. Ibid., p. 40.
  5. 現代フランス語で -e で終わる名詞の8割が女性名詞なのは、このことによって説明できる。
  6. E. et  J. Bourciez, Phonétique française. Étude historique, Paris, Klincksieck, 1967, p. 44,
  7. Gaston Zink, Morphologie du français médiéval, Paris, Presses universitaires de France, 1989, p. 147.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

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