鈴木マキコ(夏石鈴子)さんに聞く、新明解国語辞典の楽しみ方

新明解国語辞典を読むために その1 「人に聞けない言葉」追記

筆者:
2021年6月30日

前回の追記)

 

わたしは、五月に「文春オンライン」で、新明解国語辞典の八版での、ジェンダーの記述についての調査を発表しました。その原稿の中で、4月7日付朝日新聞に先を越されてしまい、「ああ、悔しい」と書きました。また「おしっこ」についても、「まさか、これがジェンダー関連の言葉だとは見抜けなかった。がっくりしている。」と、自分の挫折感・敗北感・屈辱感を正直に告白しました。その文章を見てくれた友人が、「わたしは、『おしっこ』を見たので、八版で『うんち』を引いてみました。衝撃でした」と、メールをくれました。

その時、わたしは、ひらめきました。

「あっ、ちょっと待って!」

と、誰に何を待っていただくのか、良くわかりませんが、そう思い、大急ぎで、八版ではなくて、七版の「うんち」を引きました。

第七版 うんち

「うんち」が幼児語かどうか。それはわからない。大人でも使っている人は使っている。今年一月には『うんちの行方』という本も出た。書いたのは、大人の男の人です。

さあ、次に引くべき言葉は、「うんこ」です。わたしは、ある期待で胸がドキドキした。「うんこ」にドキドキしている訳ではない。

第七版 うんこ

「あー、やっぱりね」

どうよ、この語釈! わたしは、そう思いました。

第八版 うんこ

七版では、「おしっこ」と同じように「母親が子供に」と、ある。八版では、子供に大便を促す相手は、母親と明記されていない。

朝日新聞のあの記事を書いた方は、きっと「うんこ」もジェンダー関連の言葉だと、おわかりだったはずです。でも、大きな活字で「うんこ」と書けますか? 「おしっこ」はOKだったと思う。でも、「うんこ」はやっぱりだめだと思う。ふん、わたしはここに大きい活字ではないですが、みなさまに「うんこ」も、立派なジェンダー関連の言葉だということを、お伝えします。なお、可能でしたら、今回のこのコラムのBGMは「仁義なき戦い」でお願いします。

ジェンダーについては、今後も引き続き調べていきます。

 

(その1おわり。その2につづく)

筆者プロフィール

鈴木マキコ ( すずき・まきこ)

作家・新解さん友の会会長
1963年東京生まれ。上智大学短期大学部英語学科卒業。97年、「夏石鈴子」のペンネームで『バイブを買いに』(角川文庫)を発表。エッセイ集に『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』(以上、角川文庫)『虹色ドロップ』(ポプラ社)、小説に『いらっしゃいませ』『愛情日誌』(以上、角川文庫)『夏の力道山』(筑摩書房)など。短編集『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』(小学館文庫)は、盛岡さわや書店主催の「さわベス2017」文庫編1位に選ばれた。近著に小説『おめでたい女』(小学館)。

 

編集部から

『新明解国語辞典』の略称は「新明国」。実際に三省堂社内では長くそのように呼び慣わしています。しかし、1996年に刊行されベストセラーとなった赤瀬川原平さんの『新解さんの謎』(文藝春秋刊)以来、世の中では「新解さん」という呼び名が大きく広まりました。その『新解さんの謎』に「SM君」として登場し、この本の誕生のきっかけとなったのが、鈴木マキコさん。鈴木さんは中学生の時に出会って以来、長く『新明解国語辞典』を引き続け、夏石鈴子として『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』を執筆、また「新解さん友の会」会長としての活動も続け、第八版が出た直後には早速「文春オンライン」に記事を書いてくださいました。読者と版元というそれぞれの立場から、これまでなかなかお話しする機会が持ちづらいことがありましたが、ぜひ一度お話しをうかがいたく、このたびお声掛けし、対談を引き受けていただきました。「新解さん」誕生のきっかけ、その読み方のコツ、楽しみ方、「新解さん友の会」とは何か、赤瀬川原平さんとの出会い等々、3回に分けて対談を掲載いたしました。その後、鈴木さん自身による「新解さん」の解説記事を掲載しております。ひきつづき、どうぞお楽しみください。