鈴木マキコ(夏石鈴子)さんに聞く、新明解国語辞典の楽しみ方

新明解国語辞典を読むために その5 この語釈を見よ物件 第5回

筆者:
2022年3月25日

前回からのつづき)

 

「蛇」と同じページではなくて、右隣のページなのですが、「あれ?」というものが目に入りました。このように一つの言葉を引いたら、せっかくなので周りをよく見て下さい。

p.1414「へのこ」

㊀と㊁は、別物で同じ物ではありませんね。でも、同じ言葉で呼ぶ時もあるようです。知りませんでした。みなさんご存じでしたか。そういう時は、相手はきちんと一体どちらを差しているのか、理解できるものなのでしょうか。わたしは、あまり自信がない。

p.1414「べつり【別離】」

これ、うまいです。言われてみれば確かにそうです。特に親しくない人、気持ちの無い人に対して、「別離」という言葉は使わない。

p.1164「なまくび【生首】」

これも、うまいです。「斬られて間もない」というところが、ポイントなのでしょう。

p.1158「なつかしい【懐(か)しい】」

これも、うまいですね。しかも、こう思えることは、しあわせです。嫌なことばかりだったので、当時の友人・知人には辛くて会えません、という訳ではないからです。そして、今もしあわせでないと、その人たちにも会いたくないでしょう。読んでいて、「良かったね」と思いました。

今、「思い出」を引こうとしました。その前に、別の物を見つけてしまいました。

p.211「おもいしらせる【思(い)知らせる】」

あはは、おかしい。「痛いほど分からせる」に実感がこもっている。相手に分かるといいですが、そういう人(奴)は、だいたい鈍くて分かりも悪そうです。自分が無視したり蔑視したことも、もはや遠い思い出になっているかもしれません。こういう場合、もちろん一生懸命がんばった人が立派です。きっと新解さんのこの熱い語釈も、「分からせた」ことがあるから出てきたはずで、本人が痛い目にあったからではないでしょう。わたしたちは痛くはありませんが、「この語釈を見よ物件」では、新解さんの気持がちゃんと伝わります。

 

 

 

* この語釈を見よ物件 追記

先日、必要があって「必要悪」を引いてみました。

p.1317「ひつようあく【必要悪】」

このように、濃い味の語釈は、一体何版からこうなったのか調べたくなる。

初版・二版には項目がない。三版から「必要悪」は出てくる。

三版p.981「ひつようあく【必要悪】」

四版

四版p.1087「ひつようあく【必要悪】」

四版では、三版にあった「漁民によるイルカの大量撲殺」「商社にとっての賄賂」の記述が無くなって「やれやれ」と思うけれど、「会社にとっての総会屋・リベート」が加わった。で、「ああ、五版では一体どうなるの」と、思ったら、五版から八版まで同じ「必要悪」でした。ですから今の八版には、「会社にとっての総会屋・リベート」が必要悪だとは、書いてない。四版から五版に改訂する時、何かあったのでしょうか。

さて、今はもう春ですが、去年の夏も暑かったです。

p.620「サンダル」

夏を思って「サンダル」を引いたのですが、思いがけず新解さんの力技を見てしまいました。サンダルの語釈に、わらじが出ている。そうか、ギリシャ人・ローマ人がはいたのか。他の国の人たちは、はいていなかったの? そして、わらじとくつって違うし、その違いってどこだろう、とも考えました。

初版

初版p.442「サンダル」

初版の㊂では、げたをサンダルと呼んでいたことになっている。昭和47年だとそうなのか?

二版・三版

二版p.442「サンダル」

二版からの㊂には、げたの記述は無くなっている。昭和54年のことです。

四版から今の語釈になっていて、奥付は西暦の1991年で表記されている。これは平成3年のことです。八版の「サンダル」の㊁の語釈に「㊁昔のサンダルに似せて作った婦人靴。」とありますが、今は男の人のサンダルもある。それとも、男の人のはくものについては、㊂の「突っかけ」に含めるのか。次の九版が出たら、「サンダル」の㊁の婦人靴の語釈がどうなったか、楽しみに引きたいと思います。

 

筆者プロフィール

鈴木マキコ ( すずき・まきこ)

作家・新解さん友の会会長
1963年東京生まれ。上智大学短期大学部英語学科卒業。97年、「夏石鈴子」のペンネームで『バイブを買いに』(角川文庫)を発表。エッセイ集に『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』(以上、角川文庫)『虹色ドロップ』(ポプラ社)、小説に『いらっしゃいませ』『愛情日誌』(以上、角川文庫)『夏の力道山』(筑摩書房)など。短編集『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』(小学館文庫)は、盛岡さわや書店主催の「さわベス2017」文庫編1位に選ばれた。近著に小説『おめでたい女』(小学館)。

 

編集部から

『新明解国語辞典』の略称は「新明国」。実際に三省堂社内では長くそのように呼び慣わしています。しかし、1996年に刊行されベストセラーとなった赤瀬川原平さんの『新解さんの謎』(文藝春秋刊)以来、世の中では「新解さん」という呼び名が大きく広まりました。その『新解さんの謎』に「SM君」として登場し、この本の誕生のきっかけとなったのが、鈴木マキコさん。鈴木さんは中学生の時に出会って以来、長く『新明解国語辞典』を引き続け、夏石鈴子として『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』を執筆、また「新解さん友の会」会長としての活動も続け、第八版が出た直後には早速「文春オンライン」に記事を書いてくださいました。読者と版元というそれぞれの立場から、これまでなかなかお話しする機会が持ちづらいことがありましたが、ぜひ一度お話しをうかがいたく、このたびお声掛けし、対談を引き受けていただきました。「新解さん」誕生のきっかけ、その読み方のコツ、楽しみ方、「新解さん友の会」とは何か、赤瀬川原平さんとの出会い等々、3回に分けて対談を掲載いたしました。その後、鈴木さん自身による「新解さん」の解説記事を掲載しております。ひきつづき、どうぞお楽しみください。