人名用漢字の新字旧字

第178回 「隣」と「鄰」

筆者:
2019年3月14日

新字の「隣」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「鄰」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「隣」は出生届に書いてOKですが、「鄰」はダメ。どうしてこんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、阜部に新字の「隣」が収録されていました。その一方、旧字の「鄰」は標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「隣」だけが含まれていて、旧字の「鄰」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表でも、新字の「隣」だけが含まれていて、旧字の「鄰」は含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「隣」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「隣」が収録されていたので、「隣」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「鄰」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「隣」が収録されていましたが、旧字の「鄰」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「隣」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「鄰」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「鄰」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が12回でした。この結果、旧字の「鄰」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「隣」と旧字の「鄰」を含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「隣」に加え、旧字の「鄰」も書けるようになりました。これに対し、日本人の子供の出生届には、新字の「隣」はOKですが、旧字の「鄰」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。