タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(50):Remington Portable No.2

筆者:
2019年2月7日
『Popular Mechanics』1923年10月号
『Popular Mechanics』1923年10月号

「Remington Portable」は、レミントン・タイプライター社が、1920年に発売したタイプライターです。「Remington Portable」には、大きく分けて5つのモデルが存在します。初期のモデルは、現在では「Remington Portable No.1」と呼びならわされていて、目立つ特徴としては「SHIFT KEY」が左だけしかない、という点です。次の「Remington Portable No.2」では「SHIFT KEY」が左右両方に増えています。その次の「Remington Portable No.3」では印字機構が変更されていて、その結果、活字棒を立ち上げるための右側面の安全レバーが無くなっています。「Remington Portable No.4」ではタブ機構が追加されており、「Remington Portable No.5」は通常「STREAMLINER」というブランド名が付けられています。これらの点を勘案すると、上の広告と下の広告の「Remington Portable」は、いずれも「Remington Portable No.2」だと考えられます。

「Remington Portable No.2」は、42キーのフロントストライク式タイプライターです。ただし、初期状態では、各キーを押しこもうとしても活字棒は動かず、印字はおこなえません。本体の右側面にある安全レバーを、オペレータから見て奥の方へと倒すと、活字棒が全て立ち上がってきて、印字可能な状態になります。この状態で各キーを押すと、対応する活字棒が前方へと倒れ込んで、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面のやや上側に印字がおこなわれます。通常の印字は小文字ですが、キーボード最下段両端の「SHIFT KEY」を押すと、プラテンが奥へと移動して大文字が印字されます。左側の「SHIFT KEY」のすぐ上には「SHIFT LOCK」キーがあって、「SHIFT KEY」を押し下げたままにできます。インクリボンは赤黒の2色で、右側の「SHIFT KEY」の右上にあるトグル・スイッチで、色を切り替えます。

「Remington Portable No.2」のキーボードは、レミントン・タイプライター社の標準キー配列、すなわちQWERTY配列です。キーボードの最上段は、大文字側に"#$%_&'()¾が、小文字側に234567890-が並んでおり、右端に「BACK SPACER」キーがあります。次の段は、大文字側にQWERTYUIOP¼が、小文字側にqwertyuiop½が並んでいます。その次の段は、左端に「SHIFT LOCK」キーがあって、大文字側にASDFGHJKL:@が、小文字側にasdfghjkl;¢が並んでいます。最下段は、左端に「SHIFT KEY」があって、大文字側にZXCVBNM,.?が、小文字側にzxcvbnm,./が並んでおり、右端にも「SHIFT KEY」があります。数字の1は、小文字の「l」で代用することが想定されていたようです。

「Remington Portable No.2」は、アメリカ国内向けモデルだけではなく、フランス輸出向けにAZERTY配列のモデルを、ドイツ輸出向けにQWERTZ配列のモデルを、それぞれ生産・販売していました。1927年2月9日、レミントン・タイプライター社は、新たに設立されたレミントン・ランド社への吸収合併が発表されましたが、下の広告(1927年5月)では、相変わらずレミントン・タイプライター社を名乗っており、「Remington Portable No.2」も、そのまま生産・販売が続いたのです。

『Popular Science Monthly』1927年5月号
『Popular Science Monthly』1927年5月号

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。