タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(88):Helios

筆者:
2020年9月10日
『Jugend』1909年6月7日号
『Jugend』1909年6月7日号

「Helios」は、ミュンヘンのバンベルガー(Justin Wilhelm Bamberger)率いるドイツ小型器械社(Deutsche Kleinmaschinen-Werke)が、1909年に発売したタイプライターです。「Helios」には、文字キーが21個しかありません。アルファベット26文字のうち、IとJ、MとQ、LとX、PとY、TとZが、それぞれ同じキーを共有しているのです。

「Helios」の特徴は、タイプ・ホイール(type wheel)と呼ばれる金属製の活字円筒にあります。タイプ・ホイールには84個(21個×4列)の活字が埋め込まれていて、縦に並んだ活字4個ずつが、それぞれ21個の文字キーに対応しています。キーを押すと、このタイプ・ホイールが回転しつつ、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。

タイプ・ホイールの最上列には、小文字の活字が埋め込まれています。その次の列には、大文字の活字が埋め込まれています。その次の列には、数字と小文字と記号の活字が埋め込まれています。最下列には、記号と大文字の活字が埋め込まれています。キーボードの左奥には3つのシフト・キーがあり、それぞれ「Gr. B.」「Um. links」「Um. rechts」と記されています。通常は、タイプ・ホイールの最上列にある小文字が印字されますが、「Gr. B.」を押すとタイプ・ホイールが持ち上がって、次の列の大文字が印字されるようになります。「Um. links」を押すとタイプ・ホイールがさらに持ち上がって、次の列の数字や小文字が印字されるようになります。「Um. rechts」を押すとタイプ・ホイールがさらに持ち上がって、最下列の記号や大文字が印字されるようになります。

「Helios」のキーボードは、文字キーが21個(上段11個、下段10個)しかないこともあって、独特のキー配列です。シフト・キーを押していない状態では、キーボードの上段がwertuionklpで、下段がasdcfghbvmです。「Gr. B.」を押すと、上段がWERTUIONKLPで、下段がASDCFGHBVMとなります。「Um. links」を押すと、上段が'!*züjö.:xyで、下段がä23456789qとなります。「Um. rechts」を押すと、上段が"()ZÜJÖ,;XYで、下段がÄß&%/-_§?Qとなります。数字の「1」は小文字の「l」で、数字の「0」は大文字の「O」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

1909年11月にヘリオス・シュライブマシン社(Helios-Schreibmaschinen-Gesellschaft)が設立され、バンベルガーは「Helios」に関する特許を同社に譲渡しています。これ以後「Helios」の生産・販売は、ヘリオス・シュライブマシン社がおこなうことになったのですが、1910年3月には、それまで98マルクだった「Helios」を125マルクに値上げしたようです。

『Beiblatt der Fliegenden Blätter』1910年3月4日号
『Beiblatt der Fliegenden Blätter』1910年3月4日号

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。