地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第124回 山下暁美さん:おいしい方言(島根県)

筆者:
2010年11月6日

「うまいがん」【写真1】は、写真を見ると「出雲地方のおいしいという方言です」と説明があります。「~がん」は、鳥取県西部や出雲地方で「おいしいじゃない」「おいしいよ」という意味で用いられています。終助詞の「~がの」が「~がん」と変化して、軽い同意や念押しを表します。この地方では、「~がね」「~がや」など終助詞の組み合わせによって微妙なニュアンスを表現する終助詞が数多く見られます。

(画像はクリックで拡大)

【写真1】うまいがん
【写真1】うまいがん
【写真2】うんまいな
【写真2】うんまいな

ショーケースの中に、「うまいがん」の隣に、「うんまいな」(おいしいな)【写真2】が並べてありました。これは、麹菌(こうじきん)が入った塩の袋に手書きで書かれていたラベルです。「うんまいな」できゅうりをもんで、一夜漬けにしていただくとおいしいと書いてあります。島根県出身の生産者からじきじきに買ってきて、さっそくいただきました。

島根県という同じ県内で「おいしい」と伝えるにも、いろいろ表現があって方言が使えると豊かな気持ちになりませんか。

【写真3】ぼてぼて茶
【写真3】ぼてぼて茶

「ぼてぼて茶」【写真3】は、出雲地方に伝わる庶民の間食用のお茶です。その昔、松平治郷(まつだいら はるさと・号は不昧)という松江藩第7代藩主が松江に日本茶を広めたと言い伝えられ、出雲人のお茶好きは、有名です。「ぼてぼて茶」は、茶の花を入れて煮だした番茶を熱いうちに茶筅で泡立て、その中に赤飯、煮豆、漬物などを入れて箸を使わず飲むようにして食べるお茶です。泡立てるときに「ぼてぼて」と音がするのが名前の由来だそうです。沖縄の「ぶくぶく茶」、富山の「ばたばた茶」などと共通点があって、泡立てて飲みます。

【写真4】だんだん
【写真4】だんだん

島根県の「だんだん」(ありがとう)と書かれたTシャツ【写真4】を着た店員さんがいたので、背中を写させていただきました。もともと「だんだん(重ねがさね、次から次へと、あれやこれやと)お世話になりました」と使われていましたが、後ろの「お世話になりました」がとれて、「だんだん」だけで「ありがとう」の意味を表すようになりました。

このシリーズでも「出雲弁だんだんかるた」(第35回・大橋敦夫氏)、「よこただんだん市場」(第76回・田中宣廣氏)で紹介されていますから参考にしてください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。