古語辞典でみる和歌

第27回 逆接の表現を含む和歌

2016年8月9日

逆接の表現を含む和歌:やすらはで寝(ね)なましものを小夜(さよ)ふけて傾(かたぶ)くまでの月を見しかな

出典

後拾遺・恋二・六八〇・赤染衛門(あかぞめゑもん)〉/百人一首

(来てくださらないとわかっておりましたなら)ためらうことなく寝てしまったでしょうに、あなたの(来てくださるという)おことばをたよりにして、夜がふけて西の空に傾くまでの月をながめつづけたことです。

「寝なましものを」の「な」は、完了(確述)の助動詞「ぬ」の未然形、「まし」は、推量(反実仮想)の助動詞の連体形、「ものを」は、逆接の接続助詞。

参考

『後拾遺和歌集』の詞書によると、作者の姉妹のところに通っていた男性(=藤原道隆(みちたか))が、かならず行くとあてにさせておいて来なかったとき、作者が姉妹に代わって詠んだ歌。

(『三省堂 全訳読解古語辞典〔第四版〕』「やすらはで…」)


今回は、「逆接」の表現を用いた和歌を特集します。和歌を作る際、逆接の表現を取り入れると、内容により深みが出ることがあります。以下の和歌の意味も、辞書を引きながら確認してみましょう。
本コラムでは今月から数回にわたって、いわば現代語から古語へ逆引きする発想で、いくつかの文法事項を取り上げ、辞書に掲載されている和歌の用例を取り上げます。末尾の( )カッコ内に、辞書での掲出項目をお示ししております。和歌だけではなく、文法学習のまとめなどにお役立て頂ければ幸いです。

【ど】

しのぶれ色にいでにけりわが恋はものや思ふと人のとふまで
〈拾遺・恋一・六二二・平兼盛(たひらの/かねもり)〉/百人一首
[訳]だれにも知られないように心に秘めていたのだけれど、とうとう顔に出てしまったよ、私の恋は。何か物思いでもしているのですかと人がたずねるほどに。
[技法]倒置法。「わが恋は」が主語である。
〔注〕「いでにけり」の「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形。「けり」は、過去の助動詞の終止形。「ものや思ふと」の「や」は、疑問の係助詞。「思ふ」は「や」の結びで連体形。「と」は引用の格助詞。
[参考]「天徳四年内裏歌合(だいりうたあはせ)」において「忍ぶ恋」の題で詠まれた歌。同じ題で詠まれた壬生忠見(みぶのただみ)の歌「こひすてふ…」と優劣が争われ、なかなか判定がつかず、村上天皇の判断でこの歌が勝ちとなった。(〔和歌〕「しのぶれど…」)

【ども】

都にはまだ青葉にて見しかども紅葉(もみぢ)散り敷く白河(しらかは)の関
〈千載・秋下・三六五・源頼政(みなもとのよりまさ)
[訳]都ではまだ青葉として見ていたのに、紅葉が散り敷いているよ、ここ白河の関では。
〔注〕「しか」は過去の助動詞「き」の已然形。接続助詞「ども」がつき、逆接の確定条件を表す。(〔和歌〕「みやこには…」)

【ながら】

ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ
〈古今・冬・三三〇・清原深養父(きよはらのふかやぶ)
[訳]冬だというのに、空から花が散ってくるのは、たぶん雲のむこうはもう春だからなのだろうか。
〔注〕「冬ながら」の「ながら」は、逆接の接続助詞。「春にやあるらむ」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形、「や」は疑問の係助詞。「らむ」は現在理由推量の助動詞「らむ」の連体形で「や」の結び。目に見えない世界を想像しているのである。
[参考]『古今和歌集』の詞書(ことばがき)には、「雪の降りけるをよみける」とある。空から降る雪を花に見立て、その花から、雲のむこうはもう春なのか、と想像したのである。春を待望する心が、このような想像を生んだのである。(〔和歌〕「ふゆながら…」)

【ものゆゑ】

恋すれば我が身はかげとなりにけりさりとて人に添はぬものゆゑ
〈古今・恋一・五二八〉
[訳]恋い慕うので、わたしの身はやつれた姿になってしまったよ。とはいっても、(影法師のように)あの人に寄り添えるわけでもないのに。(「かげ」一⑥)

【ものを】

(あ)を待つと君が濡(ぬ)れけむあしひきの山のしづくにならましものを
〈万葉・二・一〇八・石川郎女(いしかはのいらつめ)
[訳]わたしを待っていてあなたが濡れたという、(あしひきの)そういう山のしずくになれたらよかったのに
[技法]「あしひきの」は「山」にかかる枕詞。
〔注〕「けむ」は過去に関する伝聞の助動詞「けむ」の連体形。「ましものを」は、反実仮想の助動詞「まし」に、逆接の助詞「ものを」が付いて、…だったらよかったのに、の意を表す。(〔和歌〕「あをまつと…」)

【「こそ…已然形」(係り結び)】

恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
〈拾遺・恋一・六二一・壬生忠見(みぶのただみ)〉/百人一首
[訳]恋をしているという私の評判は、こんなにも早く広まってしまったことだ。だれにも知られぬようにとひそかに思い始めたのに
[技法]三句切れ。
〔注〕「恋すてふ」の「てふ」は、格助詞「と」に動詞「いふ」が接続した「といふ」が変化した語。「思ひそめしか」の「しか」は、過去の助動詞「き」の已然形。係助詞「こそ」を受け、逆接の条件句となっている。(〔和歌〕「こひすてふ…」)

八重葎茂れる宿のさびしきに人こそ見え秋は来(き)にけり
〈拾遺・秋・一四〇・恵慶法師(ゑぎやうほふし)〉/百人一首
[訳]幾重にも葎が生い茂った寒々しい宿に、訪れる人の姿は見えない、秋は訪れて来たことだ。
〔注〕「こそ」は係助詞。「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形。「こそ…ね」で係り結びになっているが、文脈上逆接の意で下につながっている。(〔和歌〕「やへむぐら…」)

わが袖は潮干(しほひ)に見えぬ沖の石の人こそ知ら(かわ)く間(ま)もなし
〈千載・恋二・七六〇・二条院讃岐(にでうゐんのさぬき)〉/百人一首
[訳]私の袖は、潮が引いた時でも姿を現さない沖の石のように、人は知らないけれども、涙のために乾くひまもないことです。
〔注〕「沖の石の」の「の」は比喩(ひ/ゆ)の格助詞。…のように。「人こそ知らね」の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で「こそ」の結び。逆接の意を含む用法。→「こそ」 (〔和歌〕「わがそでは…」)

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逆接の意味になるものには、上に挙げたもののほかに「とも」「に」「を」「が」「なくに」「ものの」「ものから」などもあります。それぞれ辞書を引いて、意味を確認してみましょう。

筆者プロフィール

古語辞典編集部

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