1922年5月26日、仮名文字協会主催の国字問題講演会が、兵庫県御影師範学校で開催されました。山下は「改良国字ノ備フベキ要件」というタイトルで講演をおこないましたが、横書きカナタイプライターに関しては、少し言葉を濁さざるを得ませんでした。英米訪問実業団から帰ってきた星野が、レミントン・タイプライター社との交渉が不調に終わったことを、報告していたからです。この時のことを、山下は、以下のように記しています。
星野君 ガ 12月 ニューヨーク ニ イッテ,レミングトン会社 ニ イッテ,同社ノ ジオンス氏 ニ ソノ 交渉 ヲ スル ト,氏 ワ
日本 ノ タイプライター ワ カツテ ツクッテ ミタガ,文字 ガ タテガキ デ アル カラ ヨミニクイ ノデ ダメデ アッタ。
ト 答エタ。星野氏 ワ ソレ ニ タイシ 今回 日本 デ ツクロゥ ト スル タイプライター ワ ヨコガキ デ,シカモ 一語 ガ 一ツ ニ マトマル ヨゥ 工夫シタ 字体 ユエ ソノ 欠点 ワ ナイ,ソノ 活字 オヨビ キイ ノ 配置図 ワ 東京販売店 カラ オクッタ ハズ デ アル ト イッタ。――先方 ワ ソンナ ハナシ ワ 初耳 デ,何 モ 活字 ヤ ショルイ ワ ツイテ イナイ。ネン ノ タメニ ト イッテ イロイロ ノ 帳簿 ニ ヨッテ サガシタ ガ,ソノ 書類 ヤ 活字 ワ トドイテ イナカッタ ソゥ デ アル。
ただし、星野はニューヨークで、新たにアンダーウッド・タイプライター社と交渉してきた、とのことでした。これを聞いた山下は、横書きカナタイプライターを実現すべく、みずからが渡米することを画策しはじめました。
山下は、以前「Remington Portable」のために提案したカナキー配列を、少しだけ変更することにしました。具体的には、「%」と小書きの「ェ」を入れ換え、「@」と小書きの「ォ」を入れ換え、数字の「0」を右端に移動して「1」から「9」をずらす、という変更でした。山下は、『国字改良論』の第4版に、この新たなカナキー配列を追加で掲載し、その根拠として「仮名使用の度数による順序」を示しています。
中央の2つの段すなわち第2段と第3段とは使うに便利であるが、なおそのうちにも特に勝手のよき位置があるから、使う度数の多い文字をなるべくその位置に配列した。日本語に使われる仮名の度数は、その文章の種類と仮名遣いとにより大分の違いがあるが、本書に用いた仮名の文例の文字を計算して順序を立てて見ると、次の如くなる。
仮名使用の度数による順序 シ、カ、イ、タ、ノ、ン、ハ、ト、テ、ニ、マ、コ、ナ、ヲ、リ、ー、キ、ル、ク、ア、ラ、レ、サ、モ、ス、ツ、チ、セ、ヨ、ッ、ヒ、フ、ヘ、ミ、オ、ケ、ヤ、ソ、ウ、ョ、ホ、メ、ロ、エ、ュ、ゥ、ネ、ワ、ム、フ、ユ、ヰ、ャ、ヌ、ホ、ヱ、ェ
(山下芳太郎(39)に続く)