「Silent Night」
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//www.carols.org.uk/silent_night.htm
非クリスチャンの日本人でも、誰もが一度はこの曲を口ずさんだ経験があると思います。♪き~よし~/こ~のよる~…の「きよし」は、漢字で表すと「清し」ではなく「聖し」です。何といっても、テーマがイエス・キリストがお生まれになる聖なる夜ですから。
原曲はドイツ語で、もとのタイトルを「Stille Nacht」といい、1818 年にドイツ人のヨゼフ・モール(Joseph Mohr)が歌詞を綴り、同じくドイツ人のフランツ・グルーバー(Franz Gruber)がメロディを綴りました。広く親しまれている日本語訳のヴァージョンは、牧師だった由木 康氏(1980-85)によるもの。但し、日本語訳の中には、ところどころで言葉が異なる歌詞もあり、1番の「すくいのみ子(御子)は/まぶねの中に」の歌詞を、筆者は幼稚園時代に「すくいの御子は/みはは(=御母)の胸に」と歌った記憶があります。みなさんが覚えている「きよし このよる」の歌詞はどちらでしょうか?
『聖書』の場面に基づくクリスマス聖歌の中で、恐らく最も有名な曲がこれでしょう。「きよし このよる」のベースになっているのは、以下の場面です。
○『新約聖書』「ルカによる福音書」第2章8~14節
そこには、イエス・キリストの降誕に至るまでの状況が詳しく描かれています。「飼い葉桶の中に眠る乳飲み子」こそが、イエス・キリストを指しています。イエス・キリストが降誕する夜=聖なる夜=「きよし このよる」というわけです。日本語の歌詞にある「すくいのみ子(救いの御子)」は、もちろん、救世主であるイエス・キリストを指しています。
「O Holy Night」
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//www.carols.org.uk/ba32-o-holy-night.htm
日本基督教団出版局発行の『讃美歌・讃美歌第二編』(1971)では、「さやかに星はきらめき」という邦題になっています。数え切れないほどのアーティストが過去にこの曲をレコーディングしていて、「オー・ホーリー・ナイト」というカタカナの邦題もあります。“holy night”は「Silent Night」同様、イエス・キリストが降誕する夜のことを指しており、『聖書』の以下の部分に基づいた讃美歌です。
○『新約聖書』「ルカによる福音書」第1章35節
天使が聖母マリアのもとに来て、彼女の懐妊を預言し、その子にイエス・キリストと名づけなさい、と言い、戸惑う聖母マリアに向かって「天使は答えた。『聖霊があなたに降[くだ]り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる』」と言います(「 」内は『新約聖書』より抜粋)――この部分が、(2)の背景にあるわけです。お解りいただけたでしょうか?
筆者は大学生の時、この曲が収録されている女性ゴスペル・シンガーのクリスマス・アルバムの聞き取り(これを日本のレコード業界では“ワーディング”と呼びます)と訳詞を依頼されました。1年間だけ在籍したミッション系の大学時代に配布された『讃美歌第二編』を持っていたため、同書を参考にすることができ、何とかことなきを得ました。その際、わざわざレコード会社の担当者さんに「さやかに星はきらめき」と、邦題を添えて原稿を提出したにもかかわらず、出来上がったサンプル盤を見てみたところ、「ささやかに星はきらめき」(強調筆者)となっていて仰天しました。後日、日本基督教団の讃美歌委員会から、早速そのレコード会社にクレームの電話があったとのこと。ちょっと苦い思い出です。
「Joy To The World」
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//www.carols.org.uk/ba27-joy-to-the-world.htm
「もろびとこぞりて」の邦題で知られる、有名なクリスマス・キャロル。これも幼稚園時代にクリスマス会で歌った記憶があります。ですが、意味はチンプンカンプンでした。また、カトリック系の幼稚園に通っていた知人は「タイトルが日本語かどうかも判らなかった」と言っていました。そして歌詞の「主は来ませり」を「シュワ(ハ)キマセリ…」と教えられるがままに歌った時、子供心にも「これは絶対に日本語じゃない!」と思ったそうです(苦笑)。
漢字で書くと「もろびと=諸人」、「こぞりて=挙りて」となり、邦題を違う日本語に置き換えると「人々よ、ひとり残らず集いなさい」となります。では、何のために人々に集うことを促すのでしょう? そのことは、この曲のベースになっている『聖書』の場面を突き止めると判ります。ただし、アメリカと日本とでは、その出典となる『聖書』の場面が異なるのです。
○アメリカ:『旧約聖書』「詩編」第98章4~9節
○日本:『新約聖書』「ルカによる福音書」第4章18~19節
アメリカでは、「全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。琴に合わせてほめ歌え 琴に合わせて、楽の音に合わせて。ラッパを吹き、角笛を響かせて王なる御前に喜びの叫びをあげよ」の場面にこの曲が呼応するといい、日本では、「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」としています。実際のところ、どちらがが正しいのか、はっきりとは判りません(筆者は非クリスチャンですので)。ですが、共通するのは「救い主がお生まれになったことを祝福する、救い主がお姿を現すことを祝福する」という思いです。原題の「Joy To The World(世界中に喜びを!)」は、救い主であるイエス・キリストの降誕を祝福するべく、人々に向かってお祝いに駆けつけてきて下さい、と呼びかけている言葉だと理解できるでしょう。呪文のような「シュハ(主は)キマセリ(来ませり)」は、救い主が民の目前に姿を現すことを言っていたのです。れっきとした日本語なのでした。
クリスマス・キャロルではありませんが、最も有名な讃美歌のひとつに挙げられるのが「Amazing Grace」です。日本では、故・本田美奈子さんの澄んだ歌声によるヴァージョンが有名ですね。この機会に、同曲についてもちょっと触れてみたいと思います。
「Amazing Grace」
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長きにわたって世界中のクリスチャンの人々によって歌い継がれてきた、讃美歌の金字塔と言っても過言ではない讃美歌です。タイトルは、「願ってもみなかった神様からの恩寵」という意味で、日本基督教団出版局発行の『讃美歌・讃美歌第二編』では「われをもすくいし」、同『讃美歌21』では「くすしき恵み」という邦題になっています。もとになった『聖書』の場面は以下の通り。
○『新約聖書』「ヨハネによる福音書」第9章25節
そこには、それまで盲人だったひとりの男が、あるお方(=イエス・キリスト)によって視力を取り戻し、救われたことが記されています。この曲の作詞者であるイギリス人のジョン・ニュートン(John Newton/1725-1807)は、船乗りであり、英国教会の信徒でもありましたから、『新約聖書』の同場面から着想を得てこの曲を作ったのでしょう。歌詞にある“(I) was blind.”は、実際に盲目だった、というよりは「神様の存在に気づかずにいた自分」を比喩的に表現しているフレーズです。そこから浮かび上がってくるのは、「これまで神様(つまりイエス・キリスト)の存在を知らずにいた自分は、今、神の恩恵に浴して目が覚めた」ということでしょうか。「イエス・キリストの恵みを受けて、自分は生まれ変わった」という解釈もできますね。これまた過去に無数のアーティストたちがレコーディングしてきた曲ですが、とりわけ「ソウルの女王」の異名をとるアレサ・フランクリン(Aretha Franklin/1942-)の熱唱は圧巻です。
何気なく耳にしてきたり口ずさんだりしてきたクリスマス・ソングやゴスペル・ナンバーの多くは、じつは『聖書』を背景に生まれたものが多い、ということがこれでお解りいただけたのでは、と思います。筆者が初めてゴスペル・ナンバーを仕事として訳したのは大学生の時でしたが、その際、1年間だけ籍を置いた大学での在学浪人生活が大いに役立ったものです。人間、何が幸いするか判りませんね。