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曲のエピソード
カナダ出身のシンガー/ソングライター/ギタリスト/ピアノ奏者で、絵画なども得意とする多才なアーティスト、ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell, 本名Roberta Joan Anderson。後に活動拠点をニューヨークに移した)。彼女にとっての最大ヒット曲である「Help Me」(ビルボードのアダルト・コンテンポラリー・チャートでは堂々のNo.1)は、通算6枚目のアルバム『COURT AND SPARK』に先駆けてシングルとしてリリースされた。1973~74年頃、ジョニは、当時イーグルスのメンバーだったグレン・フライと恋仲にあり、「Help Me」同様、やはり『COURT AND SPARK』に収録されている非シングル曲「Car On A Hill(邦題:丘の上の車)」の2曲は、グレンについて書かれたものだと言われている。その2曲から透けて見えてくるのは、相手の男がモテモテで浮気癖があり、それにヤキモキしながら恋に身を焦がす女性の姿。結局、双方の恋愛関係には終止符が打たれ、結婚には至らず、後にそれぞれ別の人と結婚した。
曲の要旨
自分で自分の気持ちをコントロールできないほど、どんどん彼に惹かれていく私。モテ男の彼に惚れたところで、どうせ自分が辛い思いをするだけだと判ってるのに、どうしても熱い思いを抑えられない。ああ、どうしよう。私が惚れた男は、女との恋愛にうつつを抜かすよりも、男友だちとワイワイやってる方が好きみたい。つまり私は、女に縛られるのが嫌いなタイプの男に惚れちゃったってことね。彼とは恋人ごっこみたいな付き合いが続いているけれど、もしかしたら彼はそのうち私を捨ててしまうかも…。でも、彼への恋心が募っていくのを止められないの。私、どうしたらいいの?
1974年の主な出来事
アメリカ: | ジェラルド・R・フォードが第38代大統領に就任。 |
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日本: | 残留兵の小野田寛郎がフィリピンのルバング島から帰還し、衆目を集める。 |
世界: | ポルトガルでクーデターが起こり、サラザール独裁体制が崩壊(俗にいうカーネーション革命) |
1974年の主なヒット曲
You’re Sixteen/リンゴ・スター
Love’s Theme/ラヴ・アンリミテッド・オーケストラ
Bennie And The Jets/エルトン・ジョン
Feel Like Makin’ Love/ロバータ・フラック
You Haven’t Done Nothin/スティーヴィー・ワンダー
Help Meのキーワード&フレーズ
(a) Help me
(b) ladies’ man
(c) love one’s freedom
(d) come down to smoke and ash
ジョニ・ミッチェルには、常々“強い女”――嫌いな言葉だが、今風に言うと“心の折れない女”といったところか――というイメージを抱いていただけに、この曲での女心の吐露は、正直、彼女らしくないな、と思ったこともあった。が、後になって、これが実際に彼女が恋に溺れそうになる自分をどうすることもできず、激しい衝動に駆られて綴った曲だと知り、人をイメージだけで判断するのは誤りだと改めて気付かされた。この曲でジョニは、身をよじらんばかりに相手の男(グレン・フライ)に惹かれていく様を包み隠さず歌っている。これは勝手な想像だが、恐らく当時の彼女は、寝ても覚めても彼のことで頭の中がいっぱいだったのだろう。グレンにとって彼女はどんな存在だったのだろうか。彼にも当時の胸の内を訊いてみたい気がする。
タイトルにもなっている(a)を「私を助けて」と訳すのは容易い。中学生でもできる。学校や塾で英語を習っている小学生だって、(a)を「私(僕)を助けて」とすぐさま訳すことができるだろう。が、ジョニの心の叫びとも言える“Help me.”には、もっと深い意味が込められているのだ。今一度、“help”を辞書で調べてみて欲しい。辞書によっては、例文の“Help me!”の意味に「助けて!」の他に「もうだめだ!」、「ああ、だめだ!」という意味も載っているはず。そう、この曲でジョニは「私を助けて!」と歌っているのではなく、「私、もうダメ!」、「私、もうこの気持ちを抑えられない!」という意味を込めて“Help me.”と歌っているのである。もっと意訳するなら、「誰か、今の私を止めて!」になるだろうか。恋に身を焦がしている主人公の女性は、決して窮地に立たされているわけではない。「このままどんどん彼に惹かれていって、終いにはポイと捨てられちゃったらどうしよう……。それを考えると怖いから、ずるずると自分の思いに引きずられるままに彼に溺れてしまう前に何とかこの気持ちを止められないかしら」ということを言いたいわけで、その複雑な気持ちが“Help me.”という短いセンテンスに凝縮されているのである。
(b)は、相手の男を指して言っているもの。「女にモテる男」、「女好きの男」といった意味だが、洋楽ナンバーの歌詞では、しばしば「女たらし」という意味でも用いられる。この曲がヒットしていた頃、イーグルスは最も人気の高いロック・バンドのひとつであったため、ツアー先には多くのグルーピーたちが押しかけたことだろう。もちろん、ジョニと恋愛関係だったグレンにも、多くの女が群がっていたに違いない。だからジョニは「女にモテモテの恋人」に対してヤキモキするのである。また、(b)は、男性自身が「オレは女にモテモテなんだぜぇ」と自慢する時に“I’m a ladies’ man.”という風に口にしたりもする(R&Bやラップ・ナンバーの歌詞でもたまに見聞きする)。イーグルスのメンバーの中でも優男だったグレンは、かなりの“a ladies’ man”だったのではないだろうか?
“freedom”は普通に訳せば“自由”だが、この曲では、「束縛されない状態」、「勝手気ままな行動」という意味で使われている。即ち(c)は、主人公の女性がモテ男の相手に向かって「あなたは(私にかまっているよりも)自由気ままに過ごしていたいんでしょ」と言ってるわけだ。(c)が登場するフレーズを聴くと、実際にジョニがグレンにそう言って詰め寄っている様子が目に浮かんでくるようだ。この曲に限らず、恋人をほったらかしにして、同性の仲間と夜な夜な街に繰り出す、という内容の歌詞を過去に何度も訳してきたが、大抵の場合、女性シンガーが“あなたは私と一緒に過ごすより、仲間たちと一緒に遊びに出かける方が楽しいのね”と厭味を言うものだった。恋人が夜の街で仲間たちとワイワイ楽しくやってる間―もしかしたら他の女たちも一緒かも知れないと思いつつ―彼の帰りを待ちわびる女。「今頃、彼はどこで誰と何をしてるのか判ったもんじゃない」という煩悩がジョニの頭の中を駆け巡る気持ちが、(c)に込められている。GPS対応の携帯電話が普及してからは、こうした“相手の行動が判らずヤキモキする”といった歌詞は洋楽ナンバーでとんとお目にかからなくなってしまった。
(d)は、正式なイディオムの“turn to dust and ashes(希望や期待が消え失せる)”からヒントを得て綴られたフレーズであることは明らか。何故だかこの曲では“ash”が複数形になっていないが…。このフレーズの前の行に“hot, hot blazes(燃え上がるような恋の炎)”とあることから、正式なイディオムにある“dust(ほこり)”を“smoke(煙)”に変えたのだろう。炎からは、ちりやほこりではなく煙が立つから。(d)がいわんとしているのは、その「恋の炎」が「消え失せてしまうのを過去に私は目にしてきた(=体験してきた)」ということ。だから余計に、相手の男性に強烈に惹かれながらも、この恋がいつの日か終わりを迎えるのでは、という恐怖心に苛まれてしまうのだ。
この曲がレコーディングされたのは、1973年。当時、ジョニは30歳前後、グレンは20代半ばだった。ジョニは1943年11月7日生まれ、一方のグレンは1948年11月6日生まれで、奇しくも誕生日が1日違い。そして彼女は彼より5歳上だった。そのことも頭に入れてこの曲を聴けば、年上の女性が年下のモテ男に魅了されていく気持ちにブレーキをかけられず、悶々としていた気持ちが痛いほど伝わってくる。