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曲のエピソード
非アフリカ系の欧米人アーティストによるR&B色の強い音楽を、俗に“ブルー・アイド・ソウル”と呼ぶことがあるが、この「People Got To Be Free」(全米チャートで5週間にわたってNo.1/ゴールド・ディスク認定)を歌ったラスカルズ(The Rascals)もまた、デビュー当初からR&B色を強く打ち出していたバンドで、まだ“ヤング・ラスカルズ(The Young Rascals)”と名乗っていた頃から、アフリカン・アメリカンの人々の間でも人気があった。彼らにとって2曲目の全米No.1ヒットとなった「Groovin’」(1967)は、当時のR&BチャートでNo.3を記録している。公民権運動の真っ只中にあった時代背景を鑑みた場合、これは快挙と言ってもいい。また、「People Got To Be Free」もR&BチャートでNo.14を記録しており、こちらの曲も大健闘。
1968年は、アフリカン・アメリカンの人々――特に、公民権運動に参加したり、それを目の当たりにしたりした人々――にとっては、決して忘れ得ぬ年である。というのも、公民権運動を先導したマーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師(Martin Luther King, Jr./1929-1968)が、同年4月4日、遊説先のメンフィスで暗殺されたからだ。まだ39歳という若さだった。そしてこの「People Got To Be Free」は、キング牧師の暗殺にインスパイアされて作られた曲だったのである。が、政治的メッセージを人気バンド――ましてや非アフリカン・アメリカンである――がレコーディングし、なおかつその曲をシングル・カットすることに対して、当時、彼らの所属レーベルの上層部は難色を示したらしい。それでも、彼らの強い希望でこの曲はシングルとしてリリースされ、レーベル側の杞憂とは裏腹に、見事全米チャートの頂点に立ったのだった。しかしながら、その代償も小さくなく、コンサートのために赴いた先で人種差別主義者から嫌がらせを受けたり、次第にアフリカン・アメリカンの人々が集まるような会場でしかコンサートを開催できなくなったりと、アイドル・バンド然としていたデビュー当初は予想もしていなかった事態に、彼らは遭遇してしまう。そして「People Got To Be Free」以降は大ヒット曲に恵まれず、1972年5月には、遂にバンドは解散してしまうのだった。
なお、彼らがグループ名から“Young”を削除したのは、「People Got To Be Free」がレコーディングされた1968年5月のこと。改名もまた、もはやアイドル・バンドではいられなくなったその後の彼らの行方を暗示していたのかも知れない。ちなみに、邦題を「自由への讃歌」という。日本の洋楽史上において、これほど素晴らしい邦題は稀である。
曲の要旨
世界中の人々が自由を手にしたいと望んでいる。人間が自由であることは、本来あるべき姿なんだ。人種も言語も超えて、全世界の人々が心を寄せ合って生きていけるようになったら、この世はどんなにか素晴らしい世界になるだろう。互いを思いやることができれば、そんなことはたやすいのに。困っている人がいたら、相手の気持ちを汲んで助けてあげればいい。人々が抱える問題のひとつひとつに耳を傾けて、共に解決の糸口を見つけてあげればいいんだ。山から大海原まで、世界中の隅々まで響き渡るほど大声で叫ぼう、人々は様々なしがらみから解き放たれるべきだ、と。ほら、すぐそこまで、みんなを乗せるための自由という名の列車が近づいてきているよ。
1968年の主な出来事
アメリカ: | 大統領選候補者ロバート・ケネディが暗殺される。 |
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公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング Jr.牧師が暗殺される。 | |
日本: | 静岡県の旅館で殺人犯の立てこもり事件が発生。世に言う「金嬉老事件」。 |
世界: | 南ヴェトナム民族解放戦線軍がサイゴンに進撃し、アメリカ大使館を占領。 |
1968年の主なヒット曲
Chain of Fools/アレサ・フランクリン
Everlasting Love/ラヴ・アフェア
(Sittin’ On) The Dock of The Bay/オーティス・レディング
I’ve Got To Get A Message To You/ビージーズ
Say It Loud―I’m Black And I’m Proud/ジェームス・ブラウン
People Got To Be Freeのキーワード&フレーズ
(a) people got to be free
(b) Shout it from the mountain
(c) the train of freedom
2月はBlack History Month(日本語に直すなら「黒人歴史月間」/筆者は「黒人」なる日本語を昔から避けてきたので、よっぽどの場合しか使わないし、滅多に口にしない)である。現在では、African-Amerian History Monthの呼称も用いられるようになった。喜ばしいことである。何故に2月かというと、奴隷解放宣言を公布したアメリカ第16代大統領のエイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln/1809-1865)と、奴隷から身を起こし、社会活動家になってアフリカン・アメリカンの人々のオピニオン・リーダーとなったフレデリック・ダグラス(Frederick Douglass/1818-1895)の両者の誕生日が2月だから。その歴史は古く、1926年に2月をBlack History Monthと定めてから、アメリカ国内はもちろんのこと、今ではイギリスやカナダでもそれにちなんだ様々な活動やイヴェントが行われている。筆者はたまたま取材で2月にニューヨークを訪れたことがあるのだが、かつてマンハッタンにあった、筆者が最も贔屓にしていた書店Doubleday Book Shops(1910年開業/後に近隣にBARNS & NOBLEが進出し、敢え無く閉店)に行ったところ、Black History Monthにちなんで、アフリカン・アメリカン関連の書籍のコーナーが大々的に設けられてあったことを今でも記憶している。
筆者にとってのラスカルズは、イコール「Groovin’」だったのだが、「People Got To Be Free」(拙宅にある日本盤シングルは家人の私物/ピクチャー・スリーヴに堂々と“全米1位!!”とある)を初めて聴いた時、それまで彼らに対して抱いていたイメージが全て吹き飛んだ。恐らく、当時の英語圏の人々も同じ感覚に陥ったのではないだろうか。もはや彼らは、♪日曜の午後に、こうやってまったりと過ごしてるんだよ……云々と歌っていた“若い”ラスカルズではなくなっていた。
これは、曲のエピソードでも述べたように、キング牧師の暗殺がきっかけで生まれた曲である。また、同じく1968年に起きた、ロバート・ケネディ(Robert F. Kennedy/1925-1968)の暗殺にもインスパイアされたと見る向きもあるが、実はこの曲は、彼が暗殺された6月6日よりも先にレコーディングされているので、それは誤り。ご参考までに言うと、キング牧師とR・ケネディ(加えてリンカーン大統領)に捧げられた曲で最も有名なのは、ディオン(Dion/本名はDion DiMucci/1939-)の大ヒット曲「Abraham, Martin And John」(1968/全米No.4/ゴールド・ディスク認定)である。同曲は、複数のアーティストによってカヴァーされてきた。一方、「People Got To Be Free」の歌詞には、どこにも人名が出てこない。タイトルの(a)にある“people”にも定冠詞の“the”が頭に付いていないから、それは「不特定多数の人々」を意味している。が、キング牧師の暗殺を憂えて作った曲という事実が判然としている限り、この曲の“people”は人種差別に苦しめられているアフリカン・アメリカンの人々を示唆していることだけは間違いないだろう。いつものクセで深読みするなら、人種差別主義に凝り固まっている人々をも指しているのでは……? そしてこの曲の根底にあるテーマは、ズバリ“人類愛”であると筆者は考える。この曲が大ヒットしていた時代背景と照らし合わせてみた場合、ヴェトナム戦争への反戦歌に聞こえなくもない。前回、本連載で採り上げたニーナ・シモンの「Don’t Let Me Be Misunderstood」同様、聴く側が様々に解釈できる歌詞である。
先述の通り、歌詞のどこにも“Dr. King”や“Martin”といった、キング牧師を指す固有名詞は登場しない。が、この曲には、明らかにキング牧師の有名なスピーチ“I Have A Dream”を意識したフレーズが含まれているのだ。(b)は同スピーチからの引用と言ってもさしつかえないセンテンスで、筆者はすぐさま“I Have A Dream”の以下のフレーズを想起させられた。
◆Let freedom ring from the mighty mountains of New York.(ニューヨーク州に高くそびえる山脈に自由の鐘の音[ね]を轟かせようではないか)
ちなみに、ラスカルズのメンバー4人のうち、ニュージャージー州出身の1名を除いて他の3人は全員がニューヨーク州出身である。“I Have A Dream”のスピーチがワシントンD.C.で行われた1963年8月28日、ラスカルズのメンバーたちは17~19歳だったため、当然のことながら、オン・タイムでそのスピーチを見聞きしているはずだ。(b)のフレーズは恐らくキング牧師と“I Have A Dream”へのオマージュであろう。また、有名なアフリカン・アメリカン霊歌(昔は英語ではNegro Spiritualといったが、現在ではAfro-Amerian Spiritualに改称されている/日本では今でも「黒人霊歌」で通っているが、この呼称もいい加減にやめて欲しいものだ)で、讃美歌のひとつでもある「Go Tell It On The Mountain(邦題:世界に告げよ)」からも、何かしら影響を受けたかも知れない。ただし、「Go Tell It On The Mountain」は、イエス・キリストの降誕を祝した曲ではあるが。
(c)のフレーズを耳にする時、筆者はどうしても次の2曲を思い浮かべずにはいられない。
◇Friendship Train/グラディス・ナイト&ザ・ピップス(1969/全米No.17)
◇Love Train/オージェイズ(1972年12月にリリース、翌年2月に全米No.1)
もちろん、(c)は実在する列車ではなく、これは比喩であり、様々な解釈が可能だ。例えば、「自由を謳歌する時代」でもいいだろうし、「人々が様々な差別や迫害から解き放たれて自由に暮らせる世の中」でもいいだろう。オージェイズの「Love Train」もまた、人類愛を歌った曲であり、「愛という名の列車」は、世界中の人々が国や人種を超越し、互いの価値観を認め合い、争うことなく共に平和に暮らす世の中を表す造語だった。ラスカルズは、“the train”を“the world”に見立てたのである。これは筆者の勝手な解釈だが、列車は海の上を走ることはできない。だから世界中を地続きであると仮定した上で、国境を越えて「自由という名の列車を走らせ、みんなでそれに乗ろう」と言いたかったのではないだろうか。人類がみな“the train of freedom”に乗り込み、平和な世の中が実現する時が訪れることを祈りつつ……。
公民権運動やヴェトナム戦争で大きく揺れ動いていた1960~1970年代のアメリカでは、社会的メッセージを歌詞に込めた曲が多くリリースされ、また、人々はそれを受け容れた。しかしながら、未だに人種差別は根強く残っているし、世界中のどこかしらで戦争が起こっている有様である。今やどんなに遠い国へも飛行機で飛んで行ける世の中になった。それなのに、異民族間の距離は縮まるどころか離れていくばかりだ。今年8月、かの“I Have A Dream”から早や半世紀を迎える。恐らく、アメリカ中でそのことを祝う式典などが行われることだろうが、ぜひともこの「自由への讃歌」を各会場で大音量で流して欲しい。できることならば、昨年、再結成したラスカルズに、ステージ上でナマで演奏してもらいたいものである。それが、筆者の切なる願い。