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曲のエピソード
バグルスは、プログレッシヴ・ロック(略称プログレ)の代名詞的バンドであるイエスに後に参加した2名――トレヴァー・ホーン、ジェフ・ダウンズ――とブルース・ウーリィによって結成されたエレクトリック・ポップ・バンドで、当時は“ニューウェイヴ・サウンド”と呼ばれた。ダウンズは後に、本連載第47回で採り上げたエイジアにも参加した。
この曲のプロモーション・ヴィデオ(PV)はアメリカで1981年に放映が開始されたMTVで真っ先に流れたものだったのだが、発売された1979年にはまだMTVは存在せず、全米チャートではギリギリのトップ40入りを果たしたにすぎなかった。一方、彼らのお膝元のイギリスでは堂々のNo.1を勝ち取っている。そして日本でも大ヒットした。何よりも、「ラジオ・スターの悲劇」という邦題が素晴らしい。筆者の知人の話によれば、いわゆる大箱のディスコで当時は頻繁に流れていたらしい。
MTVの出現は、“音を聴くよりも先に映像を目にする”という時代の到来を告げた。本連載第20回で採り上げたマイケル・ジャクソンの「スリラー」(1984年に全米No.4を記録)などは、その好例であろう。同曲を聴いて、映像を思い浮かべずにはいられない人々は大勢いるはずである。
アメリカではようやくトップ40入りしたのに、何故にこの曲のPVがMTVで最初に放映されたのか? そのヒントは、歌詞の中に潜んでいる。
曲の要旨
1952年にあなたの曲がラジオでよく流れていたよ。もしその頃の僕が若かったなら、あなたがミュージック・シーンで活躍するのを止めなかったんだけどな。なのに今じゃ、あなたの曲は今どきのハイテク機械で勝手に音が操作されて、書き換えられてしまってる。あなたはそれが悩みの種なんだろうね。結局のところ、プロモーション・ヴィデオがラジオで流行歌が流れていたシンガーの存在を抹殺してしまったんだよ。ヴィデオが出現したせいで、ラジオで頻繁に曲が流れていたあなたの存在をかき消されてしまったんだ。
1979年の主な出来事
アメリカ: | スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。 |
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日本: | 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。 |
世界: | イギリスでマーガレット・サッチャーが同国初の女性首相に任命される。 |
1979年の主なヒット曲
Too Much Heaven/ビージーズ
Ring My Bell/アニタ・ワード
Oliver’s Army/エルヴィス・コステロ
In The Navy/ヴィレッジ・ピープル
Roxanne/ポリス
Video Killed The Radio Starのキーワード&フレーズ
(a) Video killed the radio star
(b) jingle(s)
(c) put the blame on ~
先ずはこの曲の邦題の素晴らしさについて語りたい。「ラジオ・スターの悲劇」。世界で最も成功したR&B専門レーベルのひとつ、モータウンの創始者で社長だったベリー・ゴーディ・Jr.は、お抱えのシンガーたちのシングル・カット曲がラジオから流れた場合、どんな風に聞こえるかを実験してからシングル化に踏み切ったというエピソードを持つ。ラジオでのオン・エア回数が、シングル・カット曲の売り上げに多大な影響を及ぼしていた時代ならではの話である。モータウンは、ラジオでのオン・エア回数に執着するあまり、シングル・カット曲の映像のPV化に後れを取ったと言われているが、確かにそうかも知れない。同レーベル所属アーティストの当時のPVは、ほとんどがライヴ映像かまたはTV出演時のものだからだ。
「ラジオ・スターの悲劇」。原題を直訳すると「ヴィデオがラジオのスターを抹殺した」。意訳するなら、「映像(=PV)の登場で、ラジオから頻繁に曲が流れていたシンガーが隅っこに追いやられてしまった」といったところか。もしこの曲が現代にリリースされていたなら、タイトルはさしずめ「Internet Killed The (M)TV Star(インターネットがTVもしくはMTVで人気があったスターを陽の当たらない場所に追いやってしまった)」となるだろうか。筆者が若い頃は、洋楽アーティストのPVを目にするのさえも僥倖だったが、今ではいろいろな動画サイトで簡単に観られる。時代の趨勢を感じずにはいられない。
曲のタイトルでもある(a)は、ズバリそのものの意味で、“video”はプロモーション・ヴィデオと同義である。昔は、音を聴く前にそのアーティストが(口パクとはいえ)その曲を“歌って”いる姿を目にする機会など、滅多になかったものだ。これは、筆者の旧友から20年以上も前に聞いた話だが、PVの先駆けともいえる“演奏しているシーンを録画してTVで流す”ことを最初に始めたのはビートルズだそうである。理由は、多忙を極めていた彼らが、オファーがあったTV番組の全てに出演できなくて、苦肉の策として考え出したのがシングル・カット曲の映像(=PV)を撮ってTVで流すことを考え出した、というのである。真偽のほどは判らないが、それこそがMTVのルーツだと筆者は思う。
日本でもCMソングを専門に歌うシンガーが数多く存在するだろうが、欧米では、名を成したシンガー、あるいはレコード・デビューを果たしながらもまだ無名のシンガーがその役目を務めることが多い。(b)の“jingle(s)”は、「CMソング」という意味で、PVの登場によってラジオのコマーシャル・ソングの仕事も減ってしまったかつての“ラジオ・スター”の悲哀が込められているフレーズ。
実は“ジングル”は特に欧米では非常に重要であって、その「声」だけで判るアーティストほど重宝される。今から10数年前、筆者がラッパー兼俳優ウィル・スミスにインタヴューした際に、その場で日本のラジオ用にジングルをやって下さい、という依頼が急に日本のレコード会社側からあったのだが、彼はそれを自分の納得のいくまで何度も何度もやってみせたものである。プロ根性の本質を見せられた瞬間だった。また、筆者は、有名なR&Bシンガーの故ルーサー・ヴァンドロスが、それほど人気が出なかった頃に歌った某チョコレート会社のCMをアメリカに取材のために赴いた際に耳にした記憶がある。「映像」は、ラジオ局で頻繁に曲が流れるシンガーばかりでなく、TVやラジオのコマーシャル・ソングを歌っているシンガーたちをも抹殺してしまった、と歌っているのが(b)のフレーズである。
(c)は「~に責任を負わせる」という意味で、この曲の中では「あなたの人気が落ち込んだのはVTR(=PV)のせいにすればいい」と歌われている。何とも悲哀を感じずにはいられないフレーズだが、確かにMTVの出現は衝撃的だった。「音を聴く前に映像を見る」ことが当たり前になってしまった今、一体どれだけの人々が曲そのものに真剣に耳を傾けているのだろう?
者は子供の頃からTVが大嫌いで、今もモニター(つまりDVDを再生する機械)として使う場合がほとんどである。好きなアーティストのPVを観られるのは嬉しいことかも知れないが、映像なしで想像力を膨らませて曲を聴く、という楽しみが失われてしまった現代に生きる今は、PVを目にすることが貴重な体験だった昔に戻りたい、などとちょっぴり感傷的にもなる。
「ラジオ・スターの悲劇」。動画サイトが更にその「悲劇」を増大させたのかも知れない。