社会言語学者の雑記帳

2-2 書を捨てて街に出よう2:9ちゃんからヤンキーまで

2008年5月17日

さて、いろいろあるフィールドワーク法(⇒前回のオハナシ「あれもフィールドワーク、これもフィールドワーク」)を、言語学者はどうやって使い分けてるのでしょう?

それは「その言葉について何を知りたいのか」によって使い分けていると言えます。またその言語学者の「自分にとって何が本当の、あるいは普段の言葉なのか」という哲学によっても変わってきます。さらに、自分が持っている仮説や、どういうデータを集めたいのか、またどれほどの人員や資金があるのかによっても変わってきます。うーん、いきなりわけの分からん話になりました。とりあえず、それぞれの方法がどういう時に使えるのかをオハナシしましょう。

最初の自然談話タイプとグループセッション。これは、「そもそも言葉の一番基本的なところは、その人のいつもの話し言葉にあるんだYO!」という哲学に基づいています。だから言葉を調べるなら、ぐだぐだ言ってねぇで誰かの話し言葉を取ってこい、となるわけです。これはともかく語ってもらわないことには始まりません。そこで、とりあえずマイクを付けてもらい、質問を交えてイロイロと雑談をしてもらいます。最初は「おっとマイクだどうしようΣ(゚∀゚ノ)ノ」と引きまくっていた人も、子どもの頃の遊びであるとか、ペットの話なんぞをしているうちに、いつもの話しっぷりが出てきます。グループセッションは、仲の良い友達を連れてきてもらってやるのが普通なので、簡単に普段の話し言葉を取ることができます。友達の手前、一人だけ畏(かしこ)まってられませんし^^

しかーし、ここには致命的な欠陥があります。それは、知りたいことがある場合、いつまでもその人のおしゃべりに付き合い、偶然その言葉がその人の口から出てくるまで待たなければならないという点です。単語によっては。一日しゃべっても出てこないかもしれません(;´Д`)。たとえば、みなさん今朝から数字の「9」を何回使いました? 「うちのワンちゃんが9ちゃんですぅ」とか「妹が九子といいまーす」とかでない限り、多くの人は一度も使わなかったのではないでしょうか。しかし、未知の言語を調べる場合、数詞の調査は欠かせません。同じことは、親族名称にも言えますし、身体部位にも言えることです。「叔母」「くるぶし」だのといった単語も、なかなか使わないものなので、自然談話に頼っているとレコーダの電池が切れてしまいます。。

そこで出てくるのが2番目のタイプ。知りたいことが書いてある調査票を使って対面調査をするので、能率的に調査ができます。そこで、その言語・方言の基礎語彙や基本的音韻・文法構造を知ろうと思ったら、まずはこの方法を使うことになるわけです。調査にはやはりレコーダ、そして筆記用具を持って行って相手の回答やメモを書き留めます。言語の基本構造を知らねばならないので、細かな発音や意味・用法の違いまで、かなり突っ込んで聞くことになります。そのため多くの人を調査するのには向きません。

でも、時にはその地域やグループ全体の言葉の使い方を知りたいということがあります。熊本市の老人はどれくらい共通語を使うのか。東京の若者は、どれくらいら抜き言葉(見れる、食べれる…)を使っているのか、といった問いに答えようと思ったら、数人を調べても何も分かりません。そこで、短時間で多くのデータを集めることができるようにしたのが第3の方法です。予想される答えを選択肢として調査票に入れておいたり、質問数を制限したりして能率化が図られます。日本の社会言語学では国立国語研究所の共通語化調査をはじめ、このタイプの調査法で大きな成果を上げてきました。

ここでまたしかーし、です。ここまでの調査法は、マイクだ調査票だと、いかにも「はい、これから調査ですよ~♪」と言わんばかりの方法でした。これでは調査される側は、どうしても舞い上がってしまいます。その状態でいろいろ普段の言葉について聞いても、聞かれた本人もなかなか普段の話しぶりを正確に答えることは難しいかもしれません。そこで相手に調査と悟られずにできれば、普段の言語行動が分かるはずです。これを実現したのが自然傍受法や即匿法なのです。もちろん、聞きたいことが出てくるとは限りませんし、隠し録音は調査倫理に反することでできません。アチラを立てればコチラが立たず、調査法とは難しいものです。自然傍受法や即匿法は、自然会話でよく出てくる現象の調査や、別な方法と組み合わせて使います。

この論理をさらに進めると、ついに「観察者」から「参加者」へ変身します。それが参与観察になるわけです。ヤンキーの兄ちゃんに調査票を使って、「駅前でたむろしながら、親しい年上のヤンキー仲間に向かって、『うちのリーダーは今どこにいるのか』ということを、どのように言いますか」などと聞くよりは、仲間になってそういう発話を実際に聞くのがいいでしょう。ただし、ここでもその場でメモも録音も取れません^^ せいぜい後で日誌を書くぐらいです。ならばどうしてわざわざ参与観察をするのか。それはやはり、他の調査では分からない、普段の言語生活を観察するためなのです。

フィールドワーク法には、ここまで書いてきたような一応の使い分けがあります。しかし、現実にはたいてい一人の言語学者はせいぜい2つの方法を使うくらいではないでしょうか。実像は実は1つの方法ではなく、複数の方法の重ね合わせで分かってくるものなので、難しいことですが、同じフィールドで違った方法をいくつかやってみるのが一番理想的な方法なのだと、私は考えています。教科書に書かれている言語学に飽き足らないアナタ、ちょーっと書を捨てて街へ出て、人の話し声を聞いてみませんか?

筆者プロフィール

松田 謙次郎 ( まつだ・けんじろう)

神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

編集部から

「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。
次回は、そんな松田先生が言語学にハマったワケを聞いてみることにします。