社会言語学者の雑記帳

8-1 法律を襲う言語変化(1)

2012年3月5日

最近、法律を読みましたか?m9(・∀・)ビシッ!! 六法全書、あるいはネットであの長たらしい条文をじっくりと読むなんていう人は、特殊な仕事をなさっているか、大学で法学を専攻していらっしゃる方ぐらいでしょうか(。´д`) ン? かく言う私も憲法ならまだしも、他の法律の条文を読んでいるとあっという間にまぶたが重くなる口です。難解な哲学書と並ぶ絶好の睡眠薬ですね(;^ω^)

法律の条文がどうして絶好の睡眠薬になるのか。それはあの長たらしい文と難解な法律用語、すぐにはぐれてしまいそうな複雑な構文、そして何より文章全体を包み込むあの堅苦しさでしょう(;´д`)=3トホホ・・

国を支え、生活を支え、身体や財産の安全を保証し悪から身を守ってくれる、なくてはならない縁の下の力持ちのような存在、だけど面と向かって向き合うには厄介な存在。多くの人にとって法律とはそうしたものではないでしょうか(´ヘ`;)ウーム…

ではこの堅苦しい法律の条文に、「実は言葉のゆれがあるんだよ( ・∀・)♪」となったらどうでしょう。えっ、そんな馬鹿な。言葉のゆれって「食べれない」のような「ら抜き言葉」とか「書かさせて頂きます」の「さ入れ言葉」とか、ああいう奴でしょ? そんなの書き言葉である法律の文章にあるわけないじゃないですか( ´゚д゚`)エー

確かに。しかし書き言葉である法律の文章にも、れっきとした言葉のゆれがあることがわかってきました。それはなんと動詞の活用です。中学・高校で習った文法を思い出して下さい。動詞には五段活用の動詞、上一段活用の動詞、サ行変格活用の動詞、などさまざまな活用をする動詞がありました。「属する」「適する」などの動詞は、本来サ行変格活用(サ変)に属し、動詞「する」と同じように活用していました。つまり「属しない、属します、属する、…」という活用変化です。これが徐々に五段活用のように「属さない、属します、属する、…」という活用変化をするようになってきました(o゚ω゚))コクコク

例を出しましょう。「民事訴訟法」第十六条には「裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。」とありますが、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」第四条第二項には「裁判所は、処遇事件がその管轄に属さないと認めるときは、決定をもって、これを管轄地方裁判所に移送しなければならない。」とあります。どちらも主語は「裁判所」で直前は「管轄に」で、直後に「と認めるときは」が続くという、きわめて似通った文脈ですが、「属しない」と「属さない」が使われています( ゚Å゚)ホゥ

同じことは「乗ずる」「応ずる」などといった動詞にも見られます。こちらも本来はサ変なので終止形は「ずる」になっています。しかしこれを上一段で活用させ、「乗じない、乗じます、乗じる、…」とする用例も増えてきました。「確定給付企業年金法」第五十五条第四項第二号には「定額又は給与に一定の割合を乗ずる方法その他適正かつ合理的な方法として厚生労働省令で定めるものにより算定されるものであること。」とある一方、なんとその法律の施行規則である「確定給付企業年金法施行規則」第二十八条第二項第一号イには「定率を乗じる方法」とあります。さらに! そのすぐ後の第三十八条第一項では「加入者の給与に類するものに一定の割合を乗ずる方法」となっています。これはつまり同じ法律の中で「乗ずる」「乗じる」と2つの活用形が仲良く同居していることになるわけです(゜Д゜;)

法令のデータベースを使ってこれらの動詞について過去10年間の状況を調べてみると、2つの言い方のうち、新しい方の「属さない」「適さない」「乗じる」「減じる」「応じる」「講じる」などの割合が増えてきていることがわかります。つまり、あの鋼鉄のように固そうな法律の中でも、そこで使われている言葉にはゆれがあるわけです。新しい形が増えてきていること、そして世間一般でもこうした変化が実はかなり前から見られていたことを考え合わせると、どうやらサ変動詞の活用をめぐる言語変化が、ついに史上最強のガードと思われた法令の壁を破り、条文の中に侵入を始めたと考えて良さそうです(*・`o´・*)ホ―

は? 「世間一般でもこうした変化が実はかなり前から見られていた」って? それってどういうこと? それにそもそも法律って言ったって、いつかは言葉が変わらないと国民に理解できなくなるだろうし、別に言語変化があったって不思議はないんじゃないの? (´・ω・`)モキュ?

ごもっとも。そこで次にその話をしましょう( ´∀`)b

実はサ変動詞にこうしたゆれがあるということは長い間知られており、この現象はずっと研究者の注目するところでした。国立国語研究所は1955年と56年に「語形確定のための基礎調査」として「察する」(~察しる)「感ずる」(~感じる)などの語について2回の調査を行っています。その後も何人かの研究者が「愛する」(愛さない~愛しない)、「命ずる」(~命じる)などの動詞について調査を行い、国語研究所も再び1970年代中頃に行われた東京と大阪の大型調査(「大都市の言語生活」プロジェクト)で、「察する」「感じる」「愛する」などを取り上げました。さらにこうした話し言葉とは別に、書き言葉の調査も行われてきており、最近ではネット上での動向の調査も行われているのです(ΦωΦ)フフフ・・

* * *

◇編集部より:「大都市の言語生活」プロジェクトについては、国立国語研究所の以下のページより閲覧できます。
 国立国語研究所報告(電子化報告書)
 └No.70-1 大都市の言語生活 –分析編–〔1981〕
 └No.70-2 大都市の言語生活 –資料編–〔1981〕

筆者プロフィール

松田 謙次郎 ( まつだ・けんじろう)

神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

編集部から

「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。