地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第322回 井上史雄さん:中国の方言絵はがき―南京方言明信片
― Dialect Picture Postcards in China A Postcard of Nanjing Dialect

筆者:
2015年2月21日

これまで海外の方言グッズを紹介してきました(→『魅せる方言 地域語の底力』第3部)。中国では漢字を使うので、方言をどう表わすのか、見当がつきませんでした。2014年秋に南京で方言絵はがきを見つけて分かりました。大きく書いてある漢字で南京のことばを示し、小さい漢字でその意味を説明しています。漢字でも方言を表わせるのです【写真1】。

【写真1】中国の方言絵はがき(全体)
【写真1】中国の方言絵はがき
(全体)

【写真2】は【写真1】の左から3行目を拡大したものです。大きい字の「意怪」の右に小さい字で「不舒服」と書いてあります。「不舒服」をインターネット翻訳サイトで中国語から日本語に訳すと「具合が悪いです」という文が出ます。「意怪」を中国語から日本語に訳すと「意は奇妙です」という文字通り奇妙な文が出ます。南京方言の「意怪」は北京語(普通話)とまったく違う表現なのです(長沙方言では「性格が悪い」の意味で使うそうです)。

その下の簡体字「阿吃过啦」の右に小さく書いてある「吃饭了吗」(=吃飯了嗎)は、普通話で「おはよう、今日は」にあたるあいさつです。「チーファンラーマー」と発音され、直訳なら「ご飯を食べたか」です。「阿吃过啦」(=阿吃過啦)を北京語(普通話)で読むと「アーチーグオラー」になります。南京ではこう言うのでしょう。こんなに違っては、南京方言は北京で通じないでしょう。

ほかのことばは、小さい字の北京語の単語の意味も分からないし、大きい字の南京方言も分かりません。専門の人に任せましょう。

【写真2】中国の方言絵はがき(左から3行目の拡大画像)
【写真2】中国の方言絵はがき
(左から3行目の拡大画像)

これで中国にも方言絵はがきがあることが分かりました。思いついて、インターネットで検索してみました。翻訳ソフトで「絵はがき」を中国語に訳すと、「明信片」です。この文字をコピーアンドペーストして、Yahooの画像検索で「明信片」「中国」「方言」を入力すると、たくさん出ます。

検索ソフト中国版の「百度」baiduを使うと、もっとたくさん出てきます。「明信片」「方言」の文字をコピーアンドペーストして検索し、上端ツールバーの「图片」(=図片)をクリックすると実物画像が出ます。多くは発音をローマ字(拼音ピンイン)で示してあります。例えば「南昌方言」では簡体字の「客気」にkei qiと声調記号(四声)が付いて、発音が分かります。絵で意味が分かります。ほかにも方言を記したライター、ブローチ、トランプなどの画像もありました。またかつては方言撲滅の時代があり、中立的記述の時代を経て、今は方言娯楽の時代に入りつつあることも読み取れました。日本語と同じです。

この翻訳+検索の方法を使うと、他の言語でも、方言絵はがきや方言グッズが見られます。インターネットのおかげで、昔はできなかったことが可能になったのです。皆さんも試してください。(中国語については甲南大学都染直也教授、日経リサーチ江源氏のご指導をいただきました)

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。