今回は岩手県で「子ども」に意図を託した方言看板・ポスター類の用例を2例紹介します[注1]。一つは,遠野(とおの)市の綾織(あやおり)交差点[注2]南東側角の回転式[注3]交通標語です。「我が町の めんこい子らを ひくでねぇ」〔我が町のかわいい子どもたちをひくでない〕です【写真1】。「めんこい」は,かわいいの意味の有名な東北方言ですね。この「めんこい」に安全運転の願いを託しています。続く部分も「ひくでねえ」で,「めんこい」だけでなく,全体を言語実態に忠実に示して方言標語の効果を高めています[注4]。
もう一つは,大船渡(おおふなと)市の環境美化標語「やめろ!! ゴミ投げんのは わらしァど見でっぞ」〔やめろ。ゴミを捨てるのは。子どもたちが見ているぞ〕です【写真2】。「投げる」は,捨てるの意味の東北方言です。投擲の意味ではありません。「わらしァど」は,やはり有名な東北方言の子どもを表す「ワラス」と複数を表す「-アド」で「子どもたち」です。実際の発音は[ワラシャド]です。続く「見でっぞ」も方言の発音で示して[注5]効果を確かなものにしています。
この2用例は,大人に子どもの存在を意識させて行動を律するのが目的で,そこに方言を活用して効果を高めています。また,「めんこい」も「わらす」も年配者だけに残る『昔懐かしい方言』ではありません。現在小学生や幼稚園児を持つ若い世代でも勢力を保ち,子どもたちもよく聞いて知っています。これらの標語は(たとえば運転する)大人だけでなく,一緒にいる子どもたちも理解します。標語に反する行動をとろうとすれば,子どもたちからも戒めの言葉や冷たい視線が来るでしょう。この標語は言葉と現実の子どもの両方からの訴えの2倍の効果も期待できます。これら標語の寿命は,この先も続きます。
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[注1]子ども関係の用例は,第216回「子ども向けの方言の拡張活用」で紹介しています。
[注2]太平洋沿岸の釜石(かまいし)市と内陸部の花巻(はなまき)市を結ぶ国道283号線と,岩手県庁所在地の盛岡(もりおか)市から花巻市大迫(おおはさま)地区を経て遠野に至る国道396号線が合流する交差点です。ここは文化の交流点と言われ,各地の人や物が交わる遠野郷の西側の入り口です。岩手県の方言研究では重要な場所です。
[注3]ドラム缶を三つ縦につないで”羽根”を付け,風車式に回転します。近く(約1km東方)の道の駅が「遠野風の丘」(第266回「こびる」で用例等を紹介)の名のように,風の強いところです。羽根を境の赤,青,黄の3面に交通標語が示されています。方言標語はこの青の面のものだけです。
[注4]連続2母音の融合(ない→ねぇ)を表現しています。
[注5]語中タ行音の濁音化(て→で)と有声促音(見テルゾのルが促音化してもゾは濁音のままで,濁音の直前に促音があります)です。